ガリツィア、またはハールィチナと呼ばれるウクライナ南西部からポーランド最南東部にかけての地域がありますが、その名称の元になっているハールィチГалич(ガーリチ)の町をリヴィウЛьвівから訪問しました。かつての都です。
くしゃくしゃの切符で恐縮です。9時40分にリヴィウ鉄道駅前のバスターミナルавтовокзал発のバスを見つけ、直前35分ころにギリギリ到着し、カッサで切符を購入しました。250円程度でした。購入時にパスポートは不要でした。
リヴィウ駅前のターミナル。雪がだいぶ残っています。
因みに、ここから出ている国際線バスはこの通りです。ワルシャワWarszwa、グダニスクGdańsk、ルブリンLublin、ペレムィシリ(プシェムィシルPrzmzśl)、ポズナニPoznań、シチェチンSzczecin、クラコフKraków、ヴロツワフWrocław、ウッチŁódźなどポーランド各都市、さらにプラハPrahaとキシナウChișinău程度でしょうか。南の中央バスセンターだとドイツ行きなどもありましたから、こちらは少々小規模ですかね。
写真の白いバス(30名ほどが定員)に乗車しました。イヴァノ・フランキーウシクІвано-Франківськ行きです。写真は途中のロガティンの休憩場所でのものです。ここからはギュウギュウになるほどでした。
僕を含めて3人が下車したハールィチのバス停。何もありません。
但しすぐ東の丘の上にそびえ立つ砦。
丘の麓が中心街になっています。
一応、コンプレクスのような建物もあります。
公園の中心には、ウクライナの英雄、ガーリチ大公ダヌィーロ(ダニール)の像が!この丘の上から彼は支配をしていたはず。
公園の脇にはもう一つの見所、13世紀建立のキリスト生誕教会あり。
教会の庭で雪に埋もれていた、かつてのガーリチの砦のジオラマ。雪がなければよかった。
さて、ともかく丘を登らねばなりません。中心の広場の脇にひっそりとたたずむ階段を上っていきます。
砦に関する案内。
雪道は滑ります。ちょっと怖かった。
所々に石壁が埋まっているのがわかります。
かなり省略しましたが、てっぺんの砦にたどり着きました。しかし、誰もおらず、中に入ることは不可でした!くやしい。砦自体は16世紀くらいのものです。が、もっと前からここに砦があったとのこと。
仕方なく、随所に散らばる遺構をチェックです。
眼下を流れるドニエストル川。夏にモルドヴァ・ウクライナ国境でお目にかかって以来です。
南には別の村か町が見えます。カルパチアは靄で見えませんでした。
さて、長居した後、広場まで降りて北に向かいます。ドニエストルを越える歩行者専用の鉄橋です。ある意味で贅沢です。
夏だと泳いで渡れそうな川幅です。
川を渡った後、塀に描かれてきた謎の絵。EUとウクライナ、ウクライナ右派セクターが団結するという今どきの絵。ちょっと怖い。
途中で入ったカフェ。窓の上からおっちゃんにカフェがあるから入れと言われて入りました。確かにちゃんとしたカフェあり。しかし、普通はカフェとは分からぬ。地元民だけが分かるのかも。
その後ハールィチの駅に到着。一応幹線の駅なのですが、単線非電化ということで列車の本数は多くありません。
ホーム川の入り口しか開いていません。中は待合室ですが、暖房は入っておらず、寒かった。
優等列車の時刻表です。一応、キエフまで行く列車があります。
近郊線の時刻表。ホドリウまで行けば、リヴィウに戻れます。ただ、丁度いいものがなく、優等列車の三等寝台(座席扱い)でリヴィウに戻ることにしました。
カッサはあります。お姉さんが働いていました。
寒いなか、ホームに出てみました。基本的には高さのあまりない島式ホームがメインで使われており、長さは100メーターを越えている気がしました。優等列車も停まるからこの長さなのでしょう。
通過する貨物列車。牽引している機関車がかっこいい。因みに連結されている貨車は59両でした。ロシアもウクライナも大量の貨車をつなげますね。
17時半なのに真っ暗のハールィチ駅に列車が到着です。真っ暗ななか、11号車を探します。その時12号車の車掌から「中で繋がってるからここから乗れ」と言われ、そこから乗車。
中はかなり込んでいました。三等寝台の座席使用は初めてだったのですが、寝台にして寝ている人もかなりいました(布団は敷かずに)。ちょっと写真は撮れなかったので降りる時に脇のテーブルのみ撮影。また車掌もいますので、いつも通り、切符は取られてしまいました(後で返却)。
二時間ほどでリヴィウЛьвівに到着。その後、列車を牽引してきたディーゼル機関車は切り離されます。ここからは電化複線区間なので、お役御免なのです。
(Galych, Halych, Ivano-Frankivsk, )
くしゃくしゃの切符で恐縮です。9時40分にリヴィウ鉄道駅前のバスターミナルавтовокзал発のバスを見つけ、直前35分ころにギリギリ到着し、カッサで切符を購入しました。250円程度でした。購入時にパスポートは不要でした。
リヴィウ駅前のターミナル。雪がだいぶ残っています。
因みに、ここから出ている国際線バスはこの通りです。ワルシャワWarszwa、グダニスクGdańsk、ルブリンLublin、ペレムィシリ(プシェムィシルPrzmzśl)、ポズナニPoznań、シチェチンSzczecin、クラコフKraków、ヴロツワフWrocław、ウッチŁódźなどポーランド各都市、さらにプラハPrahaとキシナウChișinău程度でしょうか。南の中央バスセンターだとドイツ行きなどもありましたから、こちらは少々小規模ですかね。
写真の白いバス(30名ほどが定員)に乗車しました。イヴァノ・フランキーウシクІвано-Франківськ行きです。写真は途中のロガティンの休憩場所でのものです。ここからはギュウギュウになるほどでした。
僕を含めて3人が下車したハールィチのバス停。何もありません。
但しすぐ東の丘の上にそびえ立つ砦。
丘の麓が中心街になっています。
一応、コンプレクスのような建物もあります。
公園の中心には、ウクライナの英雄、ガーリチ大公ダヌィーロ(ダニール)の像が!この丘の上から彼は支配をしていたはず。
公園の脇にはもう一つの見所、13世紀建立のキリスト生誕教会あり。
教会の庭で雪に埋もれていた、かつてのガーリチの砦のジオラマ。雪がなければよかった。
さて、ともかく丘を登らねばなりません。中心の広場の脇にひっそりとたたずむ階段を上っていきます。
砦に関する案内。
雪道は滑ります。ちょっと怖かった。
所々に石壁が埋まっているのがわかります。
かなり省略しましたが、てっぺんの砦にたどり着きました。しかし、誰もおらず、中に入ることは不可でした!くやしい。砦自体は16世紀くらいのものです。が、もっと前からここに砦があったとのこと。
仕方なく、随所に散らばる遺構をチェックです。
眼下を流れるドニエストル川。夏にモルドヴァ・ウクライナ国境でお目にかかって以来です。
南には別の村か町が見えます。カルパチアは靄で見えませんでした。
さて、長居した後、広場まで降りて北に向かいます。ドニエストルを越える歩行者専用の鉄橋です。ある意味で贅沢です。
夏だと泳いで渡れそうな川幅です。
川を渡った後、塀に描かれてきた謎の絵。EUとウクライナ、ウクライナ右派セクターが団結するという今どきの絵。ちょっと怖い。
途中で入ったカフェ。窓の上からおっちゃんにカフェがあるから入れと言われて入りました。確かにちゃんとしたカフェあり。しかし、普通はカフェとは分からぬ。地元民だけが分かるのかも。
その後ハールィチの駅に到着。一応幹線の駅なのですが、単線非電化ということで列車の本数は多くありません。
ホーム川の入り口しか開いていません。中は待合室ですが、暖房は入っておらず、寒かった。
優等列車の時刻表です。一応、キエフまで行く列車があります。
近郊線の時刻表。ホドリウまで行けば、リヴィウに戻れます。ただ、丁度いいものがなく、優等列車の三等寝台(座席扱い)でリヴィウに戻ることにしました。
カッサはあります。お姉さんが働いていました。
寒いなか、ホームに出てみました。基本的には高さのあまりない島式ホームがメインで使われており、長さは100メーターを越えている気がしました。優等列車も停まるからこの長さなのでしょう。
通過する貨物列車。牽引している機関車がかっこいい。因みに連結されている貨車は59両でした。ロシアもウクライナも大量の貨車をつなげますね。
17時半なのに真っ暗のハールィチ駅に列車が到着です。真っ暗ななか、11号車を探します。その時12号車の車掌から「中で繋がってるからここから乗れ」と言われ、そこから乗車。
中はかなり込んでいました。三等寝台の座席使用は初めてだったのですが、寝台にして寝ている人もかなりいました(布団は敷かずに)。ちょっと写真は撮れなかったので降りる時に脇のテーブルのみ撮影。また車掌もいますので、いつも通り、切符は取られてしまいました(後で返却)。
二時間ほどでリヴィウЛьвівに到着。その後、列車を牽引してきたディーゼル機関車は切り離されます。ここからは電化複線区間なので、お役御免なのです。
(Galych, Halych, Ivano-Frankivsk, )
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