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2025年9月28日日曜日

ロシアからモンゴルへバスで移動(ウラン・ウデからウランバートルへ)

 ロシアの地方都市から出入国をすると、別室に呼ばれるなど怖い思いをする確率が高いと言われていますが、在留邦人の間でウラン・ウデからモンゴルへ抜ける国境は比較的マシだとの話を聞きました。一度試してみたかったのですが、事情があってそのチャンスが巡ってきました。


位置関係はこうなっています。


 移動手段は鉄道またはバスです。

 2025年現在、鉄道の場合、イルクーツク発ウランバートル行は週2便あり、ロシア発モンゴル行きは火金、モンゴル発ロシア行きは土日に出発します。途中停車駅は、ロシア側だとスリュジャンカ-1Слюдянка-1/Slyudyanka-1)、ウラン・ウデ旅客駅(Улан-Удэ Пасс./Ulan-Ude Pass.)、ジダ(Джида/Ddzhida)、ナウシキ(Наушки/Naushki)、モンゴル側はスフバートル(Сухэ-Батор/Sükhbaatar)、ダルハン(Дархан/Darkhan)、ズーンハラ(Зуунэхараа/ Züünkharaa)です。

 ロシア鉄道によると、イルクーツク発ウランバートル行の発着時刻と料金は以下の通り。一等寝台と二等寝台があります。



 ウランバートル発イルクーツク着は以下。こちらはなぜか二等寝台しか設定がなく、購入できる車両も1両しかないので、ロシア鉄道に割り当てられている座席が1車両分ということか。そして日曜日の便はアプリで購入できず、「端末機を利用してください」と表示されます。通常この表示は近郊列車のように席予約不要、事前予約不可の場合に出るのですが、つまりモンゴルにて現地購入するようにということなのでしょう。




 バスは1日1便あり、朝7:30にウラン・ウデ及びウランバートルのバスターミナルを出発します。所要時間は約12時間。ほか、金・日は19:00発の夜行便もあります。またウラン・ウデからスフバートル行きも1日1便、13:00発で運行されています。逆方向だと5:00スフバートル発です。

 このチケットはバスターミナルで紙に手書きで発行されるので、最も簡単な入手方法は現地での直接購入です。事前に確保したい場合は旅行会社経由で可能ですが、即時発行はできないため時間に余裕をもって注文しなければなりません。そして乗車時にもチケット原本が必要なので、旅行会社からピックアップする手間がかかります。

例えば以下の旅行会社で可能です。

https://welovebaikal.com/tickets_mongolia

 実際にやってみました。ウラン・ウデのバスターミナルに赴き、翌日朝の便を予約しました。バスターミナルは撮影禁止のため、あまり写真を撮れず、あしからず。

奥のベージュと茶色の建物がターミナルです。この中にチケット売り場や待合室があります。


 入ると2部屋あり、どちらにも売り場窓口があります。ちょうど客足が途絶えたので、ここに並びます。

翌日朝のウランバートル行きを買います。パスポートを出すと、中の係員がボールペンで必要情報を書き込んでいきます。料金は3000Rです。


すると、こんなチケットを渡されました。



今やなかなかお目にかかれない紙のチケット。昔の鉄道を思い出します。


バス時刻表一覧。



ここにも募兵ポスターが。



翌朝。7:00には来るようにとのことだったので、それより少し早く到着。定刻にバスもやってきました。

この日、座席は7割方埋まっていました。


 バスはロシア側で一度休憩を取ります。トイレは有料で30R。この日のドライバー氏は全員戻ってくる前に走り出し、乗客に止められていたので、時間厳守で戻らないと危険でした。

 次の停車場所は国境前です。本物の国境の手前に小さな建物があり、制服の治安機関職員がバスに入ってきて全員のパスポートを確認します。ロシア人とモンゴル人は目視のみですが、それ以外の外国人はパスポートを回収され、一緒に下車するように指示されます。下車すると、「登録するので待つように」と言われ、彼が戻ってくるまで路上で待機します。15分ほどで戻ってくると、パスポートを返却され、再びバスに乗ります。

 バスはさらに先に進み、ほどなく見えてきたもっと大きな建物前で停車しました。ここが国境で、全員すべての荷物を持って中に入ります。パスポートコントロールと税関を全員一緒に通過するのですが、ドライバー氏が「外国人は時間がかかるから、最初に通してください」とほかの乗客に伝え、先頭に回してもらいました。ありがたいのですが、逆に不安。一体どれだけかかるのか。

 国境管理官から声がかかり、パスポートコントロールのブースに向かいます。窓口は2つ。モンゴルへの渡航目的、行先、宿泊場所、その後の行先を聞かれましたが、口頭で簡潔に答えたのみで、それ以上の追及はなく終了。ちなみにロシア人やモンゴル人だと通過するのが本当に早く、質問もほとんどないようでした。

 続いてその奥にある税関へ。X線の検査機があるのですが、僕は鞄を開けるように言われただけで、係官が上からのぞき込んで終了。大荷物を抱えたほかの人々も、特に引っかかっている様子もなく、続々と手続きを終えて出てきました。ちなみにここにもトイレがあり、清潔で、無料で使えます。

 全員が手続きを終えると、バスに再び乗車し、今度はモンゴル側の国境へ向かいます。モンゴル側の国境管理施設はロシア側より大きく広々としていて、中が真っ白で新しいようでした。モンゴル側でも全員すべての荷物を持って下車し、同様にパスポートコントロールを通過します。ここでは指紋採取と顔写真の撮影の指示くらいしか国境管理官からの発言はなく、こちらの方が早く通過できました。

 再びバスに乗って出発すると、ちょっとしか進んでいないのに再び停車しました。何事かと思っていると、どやどやと何人かが乗り込んできます。手には分厚い札束が。おお!両替商の集団です。

 レートはどの両替商も全員同一で、この日は1R=42MNT(トゥグルグ)。闇カルテルや。気になるのが、こういうときいくら両替するか問題。隣のロシア人3人組は、明日朝に市内の銀行・両替所が開くまでしのぐ分として、3人で5000R両替するとのこと。僕も少額を確保しました。

 すでに正午をとうに回っていました。この次の休憩所はランチを兼ねています。

 さっそく両替したトゥグルグを使って食事します。前に並んでいた、同乗者のおっちゃんにお勧めを尋ねると、麺とペリメニ入りのスープにするとのこと。それはうまそうです。




丼いっぱいで、13500MNT(約591円)也。


ペリメニのほか、細かな肉片も入っています。味からして、間違いなく羊肉。薄味で肉の風味がしっかり分かります。胃袋に沁みました。

 この食事処の隣には小さな商店があります。酒コーナーにて、あの国民的ビールを発見。思わず手が伸びそうになりました。


 ここから先が長かった。スフバートル、ダルハンを通り、もう一度休憩を挟んで、暗くなってからもまだまだ進みます。

 終点の新ドラゴン・バスターミナルに到着したのは20:30過ぎでした。予定では19:00到着でしたが、運転手曰く、国境通過と渋滞でこれくらい遅くなったとの弁。いったんターミナルに入り、フリーWifiを拝借しました。

 元々あったドラゴン・バスターミナルから最近ここに移転したということで、明るく広々としています。ATMはありましたが、両替所はありませんでした。


 同乗していたロシア人はアサヒ・スーパードライを早速飲んでいました。「長距離移動のあとは、なぜかいつもビールが飲みたくなるんだ。昔はアサヒビールはどこでも売っていたんだよ。うまいね」と言いながら(ロシアでは、以前は大型スーパーであればどこでも買えましたが、今では第三国からの輸入品がたまにある程度)。

 このバスターミナルは中心部からかなり離れていますし、付近に宿がないので、タクシーやバスに乗り換えてさらに移動します。ターミナル入口でタクシーの運転手が客引きしていますが、交渉も面倒ですし、市内バスが何本も目の前から出ているので、これに乗車しました。ウランバートルは1乗り1000MNT(約42円)。前方の入口から乗車し、運賃箱にお金を投入して座席へと進みます。現地の人々は「Umoney(ユーマネー)」というICカードを使用していますが、売り場も限られていますし、なくても乗れるので、数日程度の滞在であれば1000MNT札を数枚手元にキープしておくのが良しです。


宿に着いたのは22:00頃。長い一日でした。仕事仕事。

2024年11月22日金曜日

ロシア出入国時の(日本人)指紋採取の開始

大使館より連絡が入りました。

__________

日本人を含む外国人がロシアに入国及び出国する際の審査において、指紋等の個人生体識別情報を採取する措置がモスクワに所在する空港にて12月1日より先行開始されます。空港でのロシア入国及び出国手続きの際にはご留意ください。


1.ロシア政府令(Постановление Правительства Российской Федерации от 07.11.2024 No.1510)に基づき、モスクワに所在する4空港(シェレメチェボ、ヴヌコヴォ、ドモジェドボ、ジュコーフスキー)から日本人を含む外国人がロシアに入国及び出国する際の審査において、指紋及び顔画像(個人生体識別情報)を採取する措置が、2024年12月1日から開始されます。
2.また、2025年6月30日からはロシアの全ての国境地点にてこの措置が開始されます。モスクワ及び全国でのこの措置は2026年6月30日までとされています。
3.なお、この措置は、6歳未満の幼児には適用されません。
4.ロシア入国及び出国手続きに際し、これまで以上に時間を要する可能性がありますのでご留意ください。

ロシア政府令:https://www.ru.emb-japan.go.jp/VISANDTOURISM/link20241120.pdf

2024年9月30日月曜日

キルギスからロシアへ(オシからモスクワへ飛行機で移動。オシ空港への行き方含む)

オシでの調整の仕事を終え、モスクワに戻りました。寒いっす。しかしようやく落ち着けます。家はいいもんです。というわけで、今回の長かった出張の最終記事です。

オシ空港のウェブサイトによると、オシ空港とオシ市内は、市内東部だと107番、西部だと142番で結ばれています。中心部は東部にあり、中央市場Центральный рынокから乗れます。地図によってルート表示に差異があるのですが、オシはヤンデックスが一番正確でした。


中央市場の辺りはこのようになっています。写真右手のエリア全体が市場で、中に進入すると食品や衣類のバザールが広がっています。



バスやミニバスも通過していきます。道路の向こう側は川が流れています。

空港のウェブサイトや各種地図だと107番が空港に行くと書かれていますが、現地でこのバスは見かけませんでした。代わりに7番のバスに空港行きとの表示あり。僕は下の地図中央のバス停から乗車しました。下部の始点の位置はほかのバスやマルシュルートカが多数発着する停留所で、確認していませんが、ここからも乗れるものと思われます。


来ました、7番バス。これも1乗り10KGSです。終点が空港です。

30分ほどでオシ国際空港前に着きました。向かって右側が出発ターミナルで、左側が到着ターミナルです。

空港前広場にはコーヒーや携帯電話会社のキオスクあり。

オシ空港の出発ターミナル内。カウンターはこれだけです。電光掲示板にはフライトごとの受付カウンター番号が書かれていますが、カウンターに番号はなし。ひとまず係員のいるところに並んで行先と航空会社名を告げると受け付けてもらえました。軽度のカルチャーショック。


両替所もありました。町中の銀行の方がレートは若干いいです。

ターミナルの突き当りには各種銀行のATMがずらりと並んでいました。両替所の営業時間外には頼れます。


国際線の保安検査場には、カウンターの左隣から入ります。国内線はそのさらに左側の渡り廊下を通過します。

 

出国審査にはほとんど人が並んでいなかったのであっという間に終わりました。保安検査場もかなり人が少なくてスムーズ。そして飲み物のペットボトルは開封済みのものでも持ち込み可能で、ファンタの2リットルボトルを持っている人々がかなりいました。空港の売店で百数十ソムで売られている飲み物は、街中の商店だとその数分の一で買えるので、ほとんどの人が最初から持ち込んでいるように見受けられました。


なお、待合室に入る前に、もう一度パスポートと搭乗券をチェックされました。


搭乗ゲート前。このワンフロアのみで、搭乗ゲートには番号なし。国際線の便数が少ないのでこれで足りるのでしょう。

 

Avia Traffic Companyのオシ-モスクワ便。これで旅の終わり。

キルギスの航空会社は安全上の理由ですべてEUへの乗り入れが禁止されているので一抹の不安を抱えながら飛びましたが、フライトそのものは普通の地方線でした。ただ子供連れが非常に多く、通常なら乳幼児はバシネットに乗せ、通路最前列に設置するところ、この航空会社ではお母さんたちが膝の上に抱いて乗せていました。赤ちゃんも親も大変です。


隣の席のキルギス人と話したところ、キルギスからは今でもロシアに出稼ぎに行く人が多いし、むしろ増えているとのこと。ちなみにウズベキスタンからの労働移民は減っているのですが、キルギスは国内にそんなに仕事がないし、例のコンサートホールの事件でアジア人の取り締まりが強化されてからも、タジク人とは顔立ちがまったく違うので間違えられることもないのだそうです。

 

着陸すると拍手が起こりました。ほっと一息。

このフライトはドモジェドヴォ空港着で、このときの入国審査はロシア人とそれ以外ではなく、出発地別に仕分けられていました。列はあまり長くなく、比較的早く順番が来たのでそれも良し。


そうそう、ドモジェドヴォ空港を久しぶりに利用したのですが、ターミナルと鉄道を結ぶルートが変わっていて、アエロエクスプレスの乗り場は誰でもたどり着けるようになっているのに、エレクトリチカ(普通電車)の乗り場が見つからず、かなり苦労しました。

 

9月一ヶ月の長かった出張もこれにて終了。今からゆっくり風呂に浸かることにします。自宅万歳!


ーーーーー

After finishing my work on the adjustment, I returned to Moscow. It's cold, but at least I can finally relax. Home is good. So, this is the final article in this long business trip.

According to the Osh Airport website, Osh Airport and the city of Osh are connected by bus routes 107 (eastern part of the city) and 142 (western part of the city). The city center is in the eastern part of the city, and you can get on at the Central Market (Центральный рынок). There are differences in the route displays on different maps, but Yandex was the most accurate for Osh.


The area around the Central Market is like this. The whole area on the right of the photo is the market, and once you go inside, you'll find a bazaar selling food and clothes.



Buses and minibuses also pass through here. On the other side of the road, there is a river.


The airport website and various maps say that bus number 107 goes to the airport, but I didn't see this bus in the area. Instead, I saw a bus numbered 7 with an airport sign. I got on at the bus stop in the center of the map below. The starting point at the bottom is a bus stop where many other buses and marshrutkas arrive and depart, and I didn't check it, but I think you can also get on from here.


Here comes bus number 7. This one is also 10kg per person. The final destination is the airport.


We arrived at Osh International Airport in about 30 minutes. The departure terminal is on the right, and the arrival terminal is on the left.


There are coffee shops and mobile phone company kiosks in the square in front of the airport.


Inside the departure terminal at Osh Airport. This is the only counter. The electronic display shows the counter numbers for each flight, but there are no numbers on the counter. For the time being, I lined up at the counter where the staff were and told them my destination and airline name, and they accepted me. A mild culture shock.


There was also a currency exchange counter. The rates at the banks in town are slightly better.


There were a number of ATMs from various banks lined up at the end of the terminal. You can rely on them outside of the exchange office opening hours.


To get to the security check for international flights, you enter from the left side of the counter. For domestic flights, you pass through the corridor on the left side of that.


There were hardly any people in line for passport control, so it was over in no time at all. There were also very few people at the security check, so it was smooth. And it was possible to bring in pre-opened PET bottles of drinks, and there were quite a few people carrying 2-liter bottles of Fanta. Drinks that cost around 100 som at the airport shops could be bought for a fraction of the price in the shops in town, so it seemed that most people had brought their own drinks with them from the start.


Before entering the waiting room, your passport and boarding pass were checked again.


In front of the boarding gate. There are no boarding gates numbered on this single floor. This is probably sufficient because there are not many international flights.

 

Avia Traffic Company's flight to Moscow. This was the end of the journey.


All flights to the EU from Kyrgyzstan are banned for safety reasons, so I flew with a slight sense of unease, but the flight itself was a normal regional flight. However, there were a lot of people with children, and while normally infants would be placed in a bassinet and installed in the front row of the aisle, on this airline the mothers carried them on their laps. It's tough for both the babies and the parents.


I spoke to a Kyrgyz person sitting next to me, and he told me that many people from Kyrgyz still go to Russia to work, and that the number is actually increasing. Incidentally, the number of labor migrants from Uzbekistan is decreasing, but there are not that many jobs in Kyrgyz, and even after the crackdown on Asians was strengthened following the incident at the concert hall, they are not mistaken for Tajiks because their facial features are completely different.


When we landed, there was applause. I breathed a sigh of relief.

This flight landed at Domodedovo Airport, and at the time, immigration was divided into Russians and non-Russians, with people sorted by their point of departure. The line wasn't very long, and we were called in relatively quickly, so that was good too.


Oh, by the way, it's been a while since I've used Domodedovo Airport, but the route connecting the terminal and the train station has changed, and although the Aeroexpress platform is easily accessible to everyone, I had a lot of trouble finding the electric train (regular train) platform.


My long business trip for the whole month of September is now over. I'm going to take a nice long bath now. Long live home!


ウズベキスタンからキルギスへ(アンディジャンからオシへ移動)

今朝、アンディジャンに到着しました。ここから国境を越えてキルギスに入り、オシの町の代理店訪問です。近いから楽だし、その後はモスクワに帰れるので気も楽。


夜行で到着したアンディジャン駅。早朝から動けます。

駅舎を出ると大きな道路が前にあり、ここを右折して5分ほど歩くと、道の反対側にバスターミナルが見えてきます。駅舎を出たあたりでタクシーの運転手が国境へ行くのかと声をかけてきますが、無視して進みます。



バスターミナルはここ。中に入ります。

バスのプラットフォームがずらりと並んでいます。一番手前がキルギスとの国境方面に行くダマス(乗り合いバス)が数台溜まっているところ。国境までで3万2000スムと言われました。


プラットフォームの左側には切符売り場があります。ここでキルギスのオシへ行く国際バスはあるか尋ねると、「ある。出発20分前からでないとチケットは販売開始にならないので、10:00~10:20を目処にまた来て!」とのこと。料金は1万8000スム。


一度、10:00に来てみたのですが、「まだ早い」と言われ、10:20に出直しました。すると今度は「今ならできる」と、発券。要パスポートでした。


国境まで行くダマスだと、国境を越えてから再び車を見つけて料金交渉しなければならないのですが、この国際バスならオシのバスターミナルまで行きますし、運賃も定額、しかもダマスやシェアタクシーより安いとあって、トータルでのストレスが少なくて楽です。

 

ほどなくしてバスが到着。ミニバスでした。チケットには10:45発と書かれていましたが、11:00過ぎまで待ったように思います。切符売り場であらかじめ購入していなくても、乗車して席に着いてから運転手が声をかけてきます。その場合は運転手にパスポートと料金を渡すと、運転手がそれをまとめて切符売り場に持っていくという流れでした。パスポートは返却されますが、見たところ切符は渡されていないようでした。会社に提出するなら自分でチケット売り場で買いましょう。その後満席になり出発。



ウズベキスタン側の国境に到着。すべての荷物を持って乗客は全員下車します。


ここでのパスポートコントロールや手荷物検査は特に何も引っかかることなくスムーズに済みました。

 

ミニバスも検査を受けているため、乗客はまとまって出口で車を待ちます。

車が検査を通過し終わると、再び乗車します。次はキルギスの入国です。


ここでやることはウズベキスタン側とほぼ同じですが、窓口の数が多く、どこもそれなりに長蛇の列でした。できるだけ早く通過するため、奥の方の空いていそうな列に並びます。僕の係官は「日本人はビザは要らないのか?」と聞いてきましたが、「不要です」と答えただけで、あとはカメラで顔を撮影し、スタンプが押されました。

 

出国審査の建物を出ると、ゲートの外に道が続いていて、ほかに誰も周囲にいなかったので流れで外に出てしまいました。ここで下車する乗客も多いようですが、オシのバスターミナルまで行く場合は、皆さんゲートの中でミニバスを待っていたようです。


しかし、知る由もないこうや君はこのようなところへ。


写真だとトラックの陰になりよく見えないのですが、実は道路の両側に両替所や携帯電話ショップが何軒も並んでいて、ウズベキスタン・スムやドル、ユーロ、ロシア・ルーブルなどをキルギス・ソム(KGS)に両替可能。レートはどこもほぼ同じでした。


両替後、隣のキオスクでキルギスのSIMカードを入手。MEGAというプロバイダで、2週間有効、16 GBというプランで145KGS(約256円)でした。ここではSIMカードを受け取って差し込めばすぐに使えるようになるわけではなく、店員のスマホで認証作業をするなど、セッティングにやや時間がかかったので、ミニバスが来てしまったらどうしようと焦りながら待つことに。

 

セッティングが終了し、ネット開通したことが確認できたので、ミニバスを探しにすぐ背後のゲートに戻りました。ミニバスはゲートのすぐ向こうまで来ていて、地元客はすでに乗車していましたが、ゲートを超えると停車して、僕を乗せてオシまで出発しました。忘れられていなくて本当に良かった。


オシのバスターミナルは町の北側にあり、国境から10~15分ほどで到着します。


路上で突然停車し、「ここが終点だよ」と言われて降りました。

道路の反対側には、このような建物が見えます。これがバスターミナルで、ビシュケクやほかの地方都市へ行く場合にはここで切符を購入して乗車します。


切符売り場。オシの中心部への行き方を尋ねると、138番バスで、先ほど降車したところから乗るようにとのこと。


再び路上に戻ってしばらく待つと、白いマルシュルートカがやってきました。乗車料金はマルシュルートカだと15ソム、大型バスだと10ソムです。支払いは乗車時でも降車時でもいいとのこと。


中心部で下車。車内はかなりの込み具合でした。

 

ホテルにチェックインし、明日からの仕事の前に一休みします。長かった出張にも終わりが見えてきました。

2024年9月28日土曜日

トルクメニスタンからウズベキスタンへ(ファラブからブハラへタクシーで移動。トルクメニスタンからの出国手続き編)

トルクメニスタン側には僕たち以外に国境を越えようとする人はいませんでした。ガイド氏によると、ここの国境はトルクメン人には16:00までしか超えることができないのだそうです。外国人に対しては24時間開いているので、僕たちが通過するには問題ないとのこと。彼が警備員に、僕たちは旅行者だと説明すると、僕たちだけ通してもらえました。ガイド氏とはここでお別れです。

 

パスポートを見せてゲートの中に入ると、バスに乗せられて建物のあるところに移動します。このバスは有料で5マナトです。降車時に運転手に支払います。

 

バスを降りてからはいたるところでパスポートの提示を求められるので、ずっと手元に用意しておくといいです。到着して建物に入ると、税関申告書を作成するコーナーがあります。2人の係官がいて、パスポートを求められるので渡すと、一人が申告用紙に記入してくれました。ところで、宿泊したホテルを記入する欄に、係員は僕たちに何も聞くことなく名称を書いていたのですが、入国時の税関申告書にガイドのおっちゃんが書いたのと同じ名称でした。僕たちが宿泊したホテルは実際には別のところだったのですが、書類にはこのホテル名を常に書くことになっているのだろうか。

 

記入済みの税関申告書を持って、スーツケースをX線に通します。税関申告書は確かこの時に回収されました。

 

そのあと出国審査です。カメラで顔を撮影され、スタンプをついて終了。ここまで誰もいないため大変にスムーズでした。入国時もこれくらいスムーズであったらよかったと思うほどです。

 

この建物を出ると、もう一度バスに乗車しました。ここも5マナト。ここは直線道路なので歩くこともできるような。ここも僕と同僚しかいなかったので、乗車するとすぐに発車しました。

 

続いてウズベキスタンへの入国手続きです。

警備員によるパスポートのチェックを受けてから、再びバスに乗って入国審査場に行きました。1万スムを支払いました。ちょくちょく小銭が出ていきます。

 

入国審査場ではパスポートを渡してカメラで顔を撮影し、スタンプをもらって終わり。税関は特に止められることなく通過しました。

 

ここが終わると、国境ポイントのゲートを出て、国内に出ます。両サイドには出待ちらしき人々と自動車がちらほら。右側にカフェがあり、その建物の裏手に回り込むと途中にトイレの入り口があって無料で使わせてもらえます。カフェの前方には駐車場があり、僕たちが手配していた車とはここで合流できました。

 

ここからブハラまで1時間半。目まぐるしく、あっという間のトルクメニスタン滞在でした。

 


着いた時にはすっかり日が暮れていました。


2024年9月26日木曜日

ウズベキスタンからトルクメニスタンへ(ヒヴァからシャバトへ。入国手続きで一苦労)

こうや君のトルクメニスタン侵攻作戦がとうとう始まりました。今回のルートは、ウズベキスタンのヒヴァXiva/KhivaからトルクメニスタンのシャバトŞabat/Shabaへ入国し、ダルヴァザDerweze/Darvazaにあるガスクレーター「地獄の門」で一泊。土曜日の朝に首都アシガバードAşgabat/Ashgabatへ向かい、そこでニサ遺跡を見て一泊。日曜朝にマリMaryという都市へ飛行機で飛び、メルヴ遺跡を見たあとトルクメナバード方面へ移動し、ファラブFarab から国境を越え、ウズベキスタンのブハラに抜けるというものです。

朝に代理店訪問を終えてからヒヴァを出発したので、遅いスタートとなりました。まずはウズベキスタンの国境へ向かいました。

 

この日、早朝から動けていれば、グループツアーに入るという手もあったのですが、残念ながらそのスタート時間には間に合わないため、プライベートツアーを使うことなりました。グループツアーの1人頭の金額よりは高いですが、友人と2人で参加するため、1人当たりの金額はそれに数十ドル上乗せ程度で済みました。

 

ヒヴァから国境までは1時間ほどで着きました。

ウズベキスタン側の出国審査は列に並んでスタンプをもらうだけであっという間に終わりました。余裕でした。以前、タシケントからタジキスタン・フジャンドに移動した際には国境に両替商がたむろしていましたが、ここでは見当たりません。そのためこの国境で僕たちはトルクメニスタンの通貨マナトを入手することはできませんでした。もしかすると、居合わせたウズベク人に聞いてみると応じてくれたのかもしれません。

 

外に出るとバスが待っていました。トルクメニスタン側の入国審査場行きです。よくわからないので周りに合わせて乗車しました。乗車料金は5000ウズベキスタン・スム/5トルクメニスタン・マナト/1USドルのいずれか。しかし、1USドル=12700UZSほどですから、少額とはいえドルだとずいぶん割が悪い。結局のところ、直線道路なので迷うことはありませんし、スーツケースがなければ歩けないことはない距離でした。

 

バスは例の如く満員になってからようやく出発。10分ほどでトルクメニスタン側に到着しました。乗車料金は降車時に順番に払いました。ここはまだニュートラルゾーンなのですが、そこで僕たちのガイドのおっちゃんが出迎えてくれました。最初は、部外者がよくこのゾーンに入れるなあと思ったのですが、ここからの手続きが妙に煩雑なので、ガイドがいなかったらと厳しかったろう、というのが正直な感想です。

 

入国審査の建物には入口が2つあり、右側が外国人、左側がトルクメン人用です。この建物の手前の路上にはトイレあり。

 

ところで、トルクメニスタン入国審査場は縦に2つ部屋が並んでいるのですが、僕たちが到着したとき、奥の部屋には日本人の集団が見えました。大量の生活物資を持って並んでいるウズベク人を除くと、ここにいた外国人の中で最も多かったのが日本人です。

 

さて、ここからの手続きの流れは以下の通りでした。

1.新型コロナウイルスのPCR検査

2.アライバルビザの作成

3.支払い

4.入国審査

5.税関

 

縦に並んだ2部屋のうち、手前はPCR検査室、奥は入国審査、税関、支払窓口となっています。


まずは手前の部屋で、呼ばれた順に新型コロナウイルスのPCR検査を受検。どうやって検査を申し込むのかと思っていたら、ガイドのおっちゃんが僕たちのパスポートを持って奥の部屋に姿を消しました。その後、PCR検査員の手に僕たちの名前の入ったリストが回ってきました。ほかにもたくさんの人々が待機しているので、いつ自分の名前が呼ばれるか見当もつかず、聞き逃さないようにPCR検査室の入り口付近に張り付いて待ちます。しばらくすると呼び出され、検体採取を受けました。検査室といっても事務室を転用したようで、デスクが並んでいて、その一角で白衣を着た検査員が作業をするというもの。仕切りもありませんし、誰もマスクをしていません。鼻に一瞬、2cmほど綿棒を入れ、それを試薬入りケースに収納し、僕たちのリストにチェックを入れて終了です。陽性が出たらどうするのかと懸念していたのですが、結果が出るのを待つこともないですし、リストの氏名と検査を受けた人が同一人物かを確認する作業もなかったので、形式的なものでしょう。

 

次にアライバルビザを取るのですが、ガイドのおっちゃんが僕たちのパスポートを持ったまま奥の部屋に行ってしまったため、人ごみの向こうで何が起きているのか知る術なく、手前のPCR検査室前のスペースで待機し続けました。すると再びおっちゃんが姿を現し、僕のパスポートだけを持って戻ってきました。見ると、ビザがすでに貼ってあります。LOIをプリントアウトしてきましたが、使う場面はありませんでした。そして、ここでおっちゃんが僕の支払う料金を伝えてきました。PCR検査やアライバルビザ、手数料といった、入国プロセスでかかる全額を精算します。

 

ツアー開始前に旅行会社から受けた案内では、有効期限が10日以内のアライバルビザはイギリス国籍者を除き1人55ドル、行政手数料が1人4ドル、PCR検査が33ドルで、2000年以降に発行された紙幣で支払わなければならないとのことでした。合計92ドルなので、こうや君は100ドル札を用意してきました。

 

しかしここでガイドのおっちゃん曰く、奥の部屋で聞いてきた僕に対する請求額は80ドルだったとのこと。想定より安かったのでラッキーと思いながら100ドル札を渡すと、それを僕のパスポートに挟み、再び奥の部屋に消えていきました。

 

ここでまたしばらく待っていると、おっちゃんは再びやってきて、僕にパスポートとお釣り20ドルを返却し、今度は僕の同僚のパスポートを持ってきて同じ手続きを繰り返しました。同僚はモスクワのトルクメニスタン大使館でビザを取得してから来たので、ここで支払うのはPCR検査代と行政手数料のみのはずなのですが、33ドル+4ドルより多かったらしく、一体何にいくらかかっているのかよく分からずやや憤慨気味。

 

手持ち無沙汰な時間が長かったので、奥の部屋にいた日本人集団のおばちゃんと少し会話。この方の目撃情報だと、午前中にいた日本人団体ツアーの添乗員が「その時々によって料金が違う」と言っていたそうなので、アバウトなのか、頻繁に変更があるのかもしれません。

 

ガイドのおっちゃんが再び姿を現し、同僚のパスポートとお釣りを返却したところで、僕たちも奥の部屋に進みました。次は入国審査窓口に並びます。後続からの割り込みが激しいのですが、何とかここもクリアして、スタンプをもらうことができました。

 

ところで、支払窓口は入国審査窓口の隣だったのですが、僕たちがあそこに直接並んでいれば、僕と同僚は同時に支払いを済ませ、すぐに入国審査の列に並べたのではないのですかねえ。ガイドは1人分ずつ支払い手続きをしたため、2人目の分を支払うために改めて長蛇の列に並び直しているのです。入国審査場に着いてからすでに相当の時間が経過していました。何にそんなに時間がかかるのかよく分からなかったのですが、この辺に原因がありそうです。

 

ガイドのおっちゃんは僕たちが入国審査窓口に並んでいる間に税関申告書類を書き上げていました。書類はトルクメン語のみだったので、これも自力ではお手上げ。この場所はウズベキスタンの電波も届かなかったので、グーグルレンズで翻訳することもできず。裏面の署名欄のみ自ら記入しました。

 

そして最後に税関でX線に荷物を通し、係官に税関申告書類を渡します。これで手続きは終了。いやあ、長かった。建物を出て、ゲートの外へ向かいます。

 

ゲートの外では手配していた兄ちゃん(ドライバー)が待機していました。トヨタ・ランドクルーザーにスーツケースを積み込んで、ガイドのおっちゃんと共に乗車。ちょっと入国で手間がかかり、疲れたぜ。

2024年9月21日土曜日

タジキスタンからウズベキスタンへ移動(ドゥシャンベ-パンジャケント-サマルカンドまで)

ドゥシャンベでの代理店での業務がようやく終わりました。あ〜あホンとにつかれました。次に目指すのはウズベキスタンのサマルカンドです。空路だとドゥシャンベからの直行便はなく、陸路でタジキスタンҶумҳурии Тоҷикистон西部のパンジャケント(Панҷакент/ Пенджикент/ Panjakent)からサマルカンドに抜けるのが一番早いようです。最近思うのですが、こういう手配って普通の企業ならそれなりに手配をしてくれるもんですよねえ。まあしかし遠隔地の代理店だから仕方ないか。

グーグルで計算すると,サマルカンドまでで車で5時間半程度。バス会社Asian Expressがドゥシャンベからパンジャケント定期便を運航しています。

それゆえ、前日にチケットを買いにバスターミナルに行ってみました。

ターミナル内はとても広く、バスのチケット売り場のほかにたくさんの小売店が入居していますね。待合室もあり。奥まで抜けると建物の裏側にあるプラットフォームに出ます。


表の入り口から入ると正面にAsian Expressのカウンターがあり。明日朝のチケットを購入しようとすると、「明日は8:00ではなく6:00発です。大型バスではなく21人乗りのミニバスで、早く来た人順です。このターミナルはまだ閉まっているので、直接乗り場に来てください。運賃は70ソモニで、運転手に直接支払ってください」とのこと。確実に乗るには何時に来ればいいかと聞くと、5:30とアドバイスされました。早いなあ。


ということで翌日、気合で早起きし、朝食をキャンセルして5:30前にプラットフォームにやってきました。まだ真っ暗です。


おっちゃんが一人いたので挨拶すると、「パンジャケント行きかい?」そうだと答えると、まだバスは来ていないからベンチで座って待っているようにと言われました。

 

出発時間がなぜこんなに早いのかというと、バス会社の社長が、夏季は早朝から移動したい乗客が多いので早めるよう指示したのだそうです。おっちゃん曰く移動時間は3~4時間。それなら午前中には余裕でパンジャケントにたどり着けるだろう、そしてそれならサマルカンドに直行するのではなく、パンジャケントにあるソグド人の古代都市遺や、国境手前にあるサラズム遺跡に立ち寄る時間を捻出できるかも…と、このときは捕らぬ狸の皮算用をしていました。

 

6:00が近づくにつれて何人か乗客が集まってきました。するとその辺にあった紙に来た人順に苗字を書くようにと言われ、こうやくんは一番に書き込みました。多くの人が集まった場合に争いにならないようにリストを作る、ロシアでもおなじみのやり方です。


6:00直前にミニバスが乗り場に入ってきました。早速乗車します。しかし座席は半分程度しか埋まっていませんし、運転手もなかなか戻ってきません。これはシェアタクシーと同様、満席になるまでひたすら待つパターンかも。これなら朝食を食べてから来たかった(泣)。隠し持っていたパンをもそもそと食べ、PCを開いて仕事をしながら待つこと1時間半、近くにいたご老体が「8:00には出発するよ」と教えてくれました。遅れているのになんか、ほっとしました。


車の中にも料金表示がありました。

そのうち運転手が車内を回ってきて、70ソモニを支払いました。チケットは渡されずじまい。続いて「そろそろ出発します」と声掛けがありましたが、本当に出発したのは8:20頃でした。

 

この後、ドゥシャンベ郊外でもう一度停車し、そこからさらに追加で乗客を乗せてほぼ満席。

 

今日も大自然の中、山岳地帯を抜けていきます!


絶景が続きます。


よくわからんところで途中で休憩。右側の小さな小屋がトイレで、ミニバスの停まっている横の建物が食堂。


乗客の皆さんは食堂に入ってしっかり食べていました。こうやくんもここで食事にありつくことができました。メニューはスープとパン、メインディッシュの肉、お茶(おそらくどれも1種類のみ)。水やガムなども購入可能。


今日のスープはショルヴァ(Шорва/Shorva)。メインの肉料理ですが、周囲を見るとこれは茹でた肉の塊で、ソースなど特に何もつけずに食べています。かなり多そう。とりあえずスープとお茶を頼みました。



コーカサスや中央アジア料理屋にあるショルパ(Шорпа/ Shorpa)やシュルパ(Шурпа/ Shorpa)という、ごろっと大きなじゃがいもや肉の入ったスープが来るかと思いきや、ラグマンのように麺が入っていました。お茶は緑茶です。どちらも胃にしみ渡りました。これで23ソモニ(約306円)。ここの店員はロシア語も英語もほとんど話せませんが、近くにいた2人組の乗客が訳してくれました。ありがたや。



ここから1時間20分ほどで、やっとパンジャケントのバスターミナルに到着。ここは中心部から離れているので、1番のマルシルートカに乗り換えてさらに進みます。乗客のほぼ全員がこれに乗り換えました。ここも運賃が別途かかるのですが、先ほど食堂で通訳してくれた2人組が払ってくれました。ホントありがたや。彼らはこのあともまた手伝ってくれ、頭が上がりません。


1番のマルシュルートカの終点がバザールです。すごい人だかりです。


この時点で13:30を回っていました。ドゥシャンベのバスターミナルを8:20に出発してからおよそ5時間、同ターミナルにやってきた5:30からカウントすると8時間が経過していました。


先ほど助けてくれた2人組に、このあと遺跡2か所を経由してサマルカンドへ抜けるのは可能か尋ねてみました。距離としては、バザールから国境までは20キロと大したことはないのですが、問題は移動手段です。パンジャケント遺跡はバザールから片道2キロ強なので徒歩でも何とかなりそうですし、実は先ほど乗ってきたバスターミナルとバザールを結ぶマルシルートカがそこから600mくらい離れた地点を通過していました。もっと近くを通るマルシルートカもあるようです。もう一方のサラズム遺跡は、古いガイドブックにはパンジャケントのバザールからマルシルートカがあると書かれていましたが、コロナ以前の情報ですし、サラズム遺跡から国境までも5~6キロあるので車がないと厳しい。そして国境を越えてから再びシェアタクシーに乗りますが、何時まで車があるのか不明ですし、待ち時間が発生することは確実です。サマルカンドで停車する場所も、事前情報によると中心部ではなく、市バスは20:00以降なくなるとのこと。ホテルまではヤンデックス・タクシーを使えばいいとしても、可能なら夕暮れまでにはサマルカンドにたどり着きたいし、少なくとも国境は超えておきたいところ。

 

2人組は少し話し合っていましたが、結論としてはマルシルートカやシェアタクシーなどを使っての移動では無理だろうとのこと。ちょうどそこで声をかけてきたタクシー運転手がいたので、バザール→パンジャケント遺跡→サラズム遺跡→国境まで150ソモニで行くよう話をつけてくれました。何から何まで感謝です。あまりにお世話になったので、お礼に日本のお土産を謹呈しました。

 

ちなみにバザールの入り口付近にはいくつか銀行があります。必要分を追加で両替して出発しました。尚、遺跡巡りはここでは割愛します。

17:00頃に国境に到着。ここでドライバーと別れ、徒歩で進みます。左側のベージュの建物は1階が食堂兼売店です。


右側には携帯通信事業者Tcellのブースがあります。ウズベキスタンから入国した場合、ここですぐにSIMカードを入手できます。


国境では、タジキスタン側の出国審査と税関、続いてウズベキスタン側の入国審査のブースがありました。タジキスタン側には両替所があります。小さな免税店まであります。ウズベキスタン側では両替所や両替商がどこにいるのかは分かりませんでした。たまたまいなかっただけなのか、すでに夕方だからなのか。

 

ここの国境はタシケントからフジャンドに移動した際の国境よりもはるかに整備されている印象でした。移動する現地の人々も多そう。

 

ウズベキスタン側に出るとダマスというミニバンのシェアタクシーがいて、3万スム(約334円)でサマルカンド中心部のレギスタン広場まで乗せていくとのこと。中心部まで一気に行けるとはありがたいですし、すでに数名の乗客がいたので比較的早く出発できるのではと期待が持てます。どのシェアタクシーもそうなのか、あるいはこの時はたまたま空港まで行くという乗客がすでにいたので、ついでにレギスタン広場も通過することにしたのかは不明。


満席になって出発。サマルカンドのレギスタン広場に到着したのは18:30前でした。降車したのは地図の星印のあたりです。


夕暮れのレギスタン広場。半年ぶり。何とか明るいうちにたどり着きました。長い一日でした。代理店には明日訪問すると連絡し、今晩は休みます。今日も頑張りました。

大使館よりテロ情報届く。

大使館よりテロ情報届く。  ●10月31日、ロシア連邦保安庁(FSB)は、 パートナー間のルートを通じて米国側から、「 モスクワにおけるテロ攻撃の準備に関する情報を受け取った。 現在、適切な措置が講じられている」と公表しました。また、 同日、在モスクワ米国大使館は、 モスクワ市内...