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2024年10月7日月曜日

中央アジアで食べたもの

中央アジア出張の落ち穂拾い記事です。

出張前に同僚から、現地では飲食物に気を付けるよう注意を受けました。曰く、どんなに気を付けていても毎度腹を下すのだと。かつて3月に行ったときは腹回りのトラブルには見舞われませんでしたが、今回は季節的なこともあり、胃腸薬のほかに多少の食料も持参することにしました。そんなわけで、毎食現地のレストランに通わなかったのですが、仕事の合間に駆け込んで食べた料理を数少ないながら紹介します。


これはサマルカンドで昼食に食べたマスタヴァ(Мастава/Mastava)と緑茶。これにパンがつきました。

これもサマルカンドにて。夕食を食べ損ねて、まだ明かりのついていた名もなき食堂に駆け込んで、あるものを出してもらいました。ハリサ(Халиса/ Khalisa)という、肉と小麦を混ぜたペースト状の料理です。かなりもったりとして粘度が高く、元の肉の味が分かるほどの薄味だったので、塩を足しながらパンと食べました。見た目以上に腹に溜まりました。


ドゥシャンベにて。宿の裏手にある、夜遅くでも営業していたチャイハナに駆け込んで食べたラグマン。写真だと見切れていますが、これにもパンがついていてかなりボリュームがありました。これで25ソモニ。偶然入った店でしたが、おいしかったです。




ドゥシャンベのタジキスタン国立博物館(Осорхонаи миллии точикистонНациональный музей Таджикистана/ National Museum of Tajikistan)の食堂にて。この日のスープはマスタヴァで、パンとコンポートをつけて23ソモニ。思えば、メインディッシュも頼めばよかったです。中央アジアならではというよりは、衣をつけて焼いた魚やキエフ風カツレツなど、旧ソ連の食堂の定番メニューが揃っていました。


国立博物館は広い公園や幹線道路に隣接していて、すぐに入れるカフェやレストランが付近にないので、見終わってすぐ食事できるのはここくらいでもあります。機会がある方はどうぞ。

 

飛んで、ブハラへ。


プロフ・ハウスにて。ブハラでプロフと言えばここという有名店ですが、席数も多いので入りやすいです。昼しか営業していないので、開店と同時に駆け込みました。

メニューはこちら。料金は頻繁に改定されているようです。これは20249月現在。


プロフが出てくるまで、卓上に置かれていたこの砂糖菓子をつまんでいたのですが、暑かったせいか妙に旨く感じられ、お茶と一緒にいくつも食べてしまいました。


こちらはオシ。代理店で教えてもらった、ラグマンがおいしいという「アリ・マンスルАль-Мансур」という店で食べました。


入口が分からずうろうろしていると、後ろから来た人々が立て続けに入っていく店があったのでついて行ったところ、それがここでした。ウイグル式ラグマンがイチオシのようで、全員大盛りのラグマンを注文していました。テイクアウトする客も多数。ここのラグマンはトマト味に加えて複雑な出汁の味がして、ほかにない味でした。また行きたい。


最後はガンファンГанфан。米にラグマンの具や汁をかけたものです。カレーのように見えますが、辛くありませんし、胃もたれせずに食べられました。ラグマンのスープは米にも合いますね。

 

幸いにも腹を壊さずにモスクワに帰還できました。ありがたや。

2024年9月29日日曜日

ブハラからアンディジャンへ鉄道で移動(ウズベキスタン編)

ブハラ中心部から鉄道駅へ移動ッす。鉄道でフェルガナ盆地のアンディジャンに移動です。

尚、ブハラの鉄道駅「ブハラ1」は町中から少し離れた場所にあります。
中心部から行く場合、中心部を取り囲む環状道路、イスラム・カリモフ通りに出てすぐのバス停が最も近いです。

ところで、実際に移動してみると、この道路はずいぶんと渋滞しているのですよねえ。バスもなかなか来ないので、思い切ってタクシーで移動することに。

 

予定より少し押して到着。ドライバー曰く、駅までの道路はいつも渋滞するとのことなので、時間の余裕をもって移動することをお勧めします。


ブハラ駅が鎮座。

駅の入り口には手荷物検査場があり、金属探知機をパスして駅舎に入ります。中にはトイレ、売店、土産屋などが一通りそろっています。


鉄道に列車が乗り入れて、ここで下車する乗客が外に出たところで、乗車する客の案内が始まるようです。写真右側の、線路側に出る通用口の前でチケットを見せると、電光掲示板に旅客情報が表示されます。本人確認をしてから線路へ。


線路ではロシア鉄道と同じく、自分の車両の入り口で車掌にパスポートとチケットを提示して乗車しました。

発車してほどなく、車掌がシーツを配りに来ました。家族連れや友人同士で乗車している人が多いようで、いつまでも話声が聞こえてきました。僕は(実は)翌日国境越えがあるので、早々に就寝しました。

2024年9月28日土曜日

トルクメニスタンからウズベキスタンへ(ファラブからブハラへタクシーで移動。トルクメニスタンからの出国手続き編)

トルクメニスタン側には僕たち以外に国境を越えようとする人はいませんでした。ガイド氏によると、ここの国境はトルクメン人には16:00までしか超えることができないのだそうです。外国人に対しては24時間開いているので、僕たちが通過するには問題ないとのこと。彼が警備員に、僕たちは旅行者だと説明すると、僕たちだけ通してもらえました。ガイド氏とはここでお別れです。

 

パスポートを見せてゲートの中に入ると、バスに乗せられて建物のあるところに移動します。このバスは有料で5マナトです。降車時に運転手に支払います。

 

バスを降りてからはいたるところでパスポートの提示を求められるので、ずっと手元に用意しておくといいです。到着して建物に入ると、税関申告書を作成するコーナーがあります。2人の係官がいて、パスポートを求められるので渡すと、一人が申告用紙に記入してくれました。ところで、宿泊したホテルを記入する欄に、係員は僕たちに何も聞くことなく名称を書いていたのですが、入国時の税関申告書にガイドのおっちゃんが書いたのと同じ名称でした。僕たちが宿泊したホテルは実際には別のところだったのですが、書類にはこのホテル名を常に書くことになっているのだろうか。

 

記入済みの税関申告書を持って、スーツケースをX線に通します。税関申告書は確かこの時に回収されました。

 

そのあと出国審査です。カメラで顔を撮影され、スタンプをついて終了。ここまで誰もいないため大変にスムーズでした。入国時もこれくらいスムーズであったらよかったと思うほどです。

 

この建物を出ると、もう一度バスに乗車しました。ここも5マナト。ここは直線道路なので歩くこともできるような。ここも僕と同僚しかいなかったので、乗車するとすぐに発車しました。

 

続いてウズベキスタンへの入国手続きです。

警備員によるパスポートのチェックを受けてから、再びバスに乗って入国審査場に行きました。1万スムを支払いました。ちょくちょく小銭が出ていきます。

 

入国審査場ではパスポートを渡してカメラで顔を撮影し、スタンプをもらって終わり。税関は特に止められることなく通過しました。

 

ここが終わると、国境ポイントのゲートを出て、国内に出ます。両サイドには出待ちらしき人々と自動車がちらほら。右側にカフェがあり、その建物の裏手に回り込むと途中にトイレの入り口があって無料で使わせてもらえます。カフェの前方には駐車場があり、僕たちが手配していた車とはここで合流できました。

 

ここからブハラまで1時間半。目まぐるしく、あっという間のトルクメニスタン滞在でした。

 


着いた時にはすっかり日が暮れていました。


ブハラからスィトライ・マヒ・ホサ宮殿への行き方

(恐らく最後になるはずの)ミニ出張の前にダッシュでブハラ回り。

ブハラの郊外に、スィトライ・マヒ・ホサという宮殿があります。「月と星の宮殿」とも呼ばれる、ブハラ・ハンの居住していた本物の宮殿が博物館として公開されています。

 

7番のバスでアクセス可能です。ブハラの公共交通機関はグーグルマップやヤンデックスでは調べられないのですが、2GISだと表示され、各名所の表示も見やすかったので、ブハラでは何度もお世話になりました。


中心部をぐるりと囲む環状道路のバス停から7番バスに乗って終点で下車します。ブハラでもバスは1乗り2000スムです。

 


宮殿の入り口前に停車します。特にバス停の表示はないのですが、帰りは同じ道路の反対側の路上から乗ります。

尚、入場料は4万スム。内部の詳細は公式ウェブサイトで確認できます。

https://www.bukharamuseums.uz/ru/katalog/item/sitorai-mokhi-khossa


この宮殿自体の歴史や由来は多くのガイドブックや観光案内所で紹介されているので、ここでは一つだけご紹介します。


この応接間、四方の壁や屋根がステンドグラスになっています。

どの壁面も美しいです。天気のいい日は太陽光が東側から順に差し込み、室内でその色彩の変化を楽しめるかと。

さて、ガイドのおっちゃんがあるものを見せてくれました。この柱、よく見ると1本につき5か所、目立たないようにこのような四角い切り込みがあるのです。


こんな感じ。


これ、実は外れます。中にはこのような巨大なねじが仕込まれています。


このねじを緩めて、ステンドグラスの壁を外すことができます。ステンドグラスの壁は春夏秋冬の4種類あり、8時間かけて交換できるとのこと。交換はハンが命じたときにのみ行われていたそうです。前夜にこの部屋で宴会をした客が酔いつぶれて宿泊し、別の部屋で夜を明かしている間に、ハンはステンドグラスの交換を命じたそうです。翌日再びこの部屋にやってきた客は混乱をきたしたとのこと。ハンは壮大な洒落っ気のある人物だったようです。

 

現在公開されているこの部屋は、革命の際に最後のハンがここを去ったときの、秋のステンドグラスがはめ込まれたままになっています。

 

「街中のガイドが知らないことも教えちゃうよ」というガイドのおっちゃんの口車に乗せられて11万スムを追加で払って個人ガイドツアーにしましたが、面白いものが見られました。僕はロシア語で案内を受けましたが、英語もあると思われます。興味のある方はぜひ。

北朝鮮レストランが増えました 「ピョンヤン・ルィンラド」

  モスクワには以前から「コリョ Корё 」という北朝鮮レストランがあります。そして 2025 年 11 月末にはトヴェルスカヤ駅前の一等地にも 「スィンリ Сынри 」というレストランがオープンしました。この辺りは在留邦人の間でよく知られていますが、ほかにも数軒あるようです...