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2025年7月4日金曜日

ベロゼルスクへの旅(実践編2)

続きです。

橋を渡ってクレムリンに入ります。

 



ガイド氏が見せてくれた、ロシアを開いたリューリク三兄弟。左からシネウスがベロゼロ、リューリクがノヴゴロド、トルヴォルがイズヴォルスクに居住したと、年代記には書かれているので、それを描いたものです。伝説なんだろうけどねえ。

クレムリンを俯瞰した写真。上の大きな道路が橋です。写真内の建物は、すべてではありませんが、一部中に入って見学可能です。この日は中央部分にある白く玉ねぎ型の屋根が着いた教会と、その隣の現在博物館になっている建物のみ入場できました。


外周は歩けるようになっています。



なるほど、砦です。土塁と堀。


奥の白い教会、スパソ・プレオブラジェニヤ寺院Собор Спасо-Преображенияに入ります。1692年建立。中は修復が進んでいます。




昼食をはさんで、続きます。

2025年4月5日土曜日

モスクワ郊外の古儀式派教会

モスクワから南東東に2時間ほど行ったところに、エゴリエフスクЕгорьевск/Egor'evskという小さな町があります。そことモスクワとの間には、白地にコバルトブルーの陶磁器で有名なグジェリГжель/Gzhel'があります。


グジェリからエゴリエフスクまでの一帯は大きな町はなく林や沼が広がっているのですが、このあたりの集落には古儀式派教会が今も残っているとのこと。17世紀の宗教改革で迫害された人々が逃げて、ひっそりと暮らしていた定住地の一つ。この辺り一帯はグースリツィГуслицы、この辺の住民はグスリャキГуслякиと呼ばれ、古儀式派信者が多かったことからいつしかこの地域の古儀式派信者を指してグスリャキというようになったそうです。

古儀式派教会はモスクワにも、プレオブラジェンスキー修道院(Преображенский монастырь/Preobrazhensky Old Believers Monastery)やロゴシスコエ(ロゴシ)古儀式派共同体(Рогожская Старообрядческая Община/ Rogozhsky Old-Believers Settlement、といった有名どころがありますが、部外者は歓迎されていない感じがすることがあるのですよねえ。ましてや、エゴリエフスクなら街歩きを兼ねて教会の外観を見るくらいならできるかもしれませんが、途中の小さな村は、そもそもアクセスが難しそうです。

 

こんなときは、グループツアーに入り込むのが得策。ということで某日、行ってきました。


グジェリを通過。


この辺まではダーチャや一軒家エリアが散見されます。


そこを過ぎると、このような森林地帯になります。「モスクワ郊外のタイガ」とのこと。

因みに、グジェリは良質の土が採れるので陶磁器という産業がありますが、この辺まで来るともうそのような土は出ないそうです。貧しい土地でできる産業といえば手工芸。ということで、ここに逃げてきた古儀式派の人々は銅の鋳造を手掛けました。鋳造のイコンもここで作られています。また、古儀式派の書物は印刷所で刷ることができなかったため、手書きの写本が作られ続けました。教会でこのあたりも見せてもらえるとのこと、楽しみだなあ。


一か所目はウスチヤノヴォ村(с.Устьяново/Ust'yanovo)の聖ニコライ教会(Никольская церковь/Old Believer Church of Saint Nicholas the Wonderworker)。


ここの教会は内部の撮影が禁止されていました。そのため外観のみ掲載します。

 

入る前に、厳重注意がありました。「絶対に3本指で十字を切らないように」とのこと。17世紀にニコン総主教が改革を実施したとき、儀式のやり方をギリシャ式に変更しているのですが(奉神礼改革)、その一つが、それまで2本指で十字を切っていたのを、3本指で切るようにしたことです。「彼らはこれに命を懸けたので、それだけは絶対にしないように。私たちはあくまで客としてお邪魔させていただくのです」とガイド氏。迷惑行動にならないよう、気を付けて入ります。


二か所目はシュヴォエ村(п. Шувое/Shuvoe)の三位一体教会(Троицкая церковь/Trinity Church)。

ここも内部の撮影は禁止なのですが、写本の実物を見せていただくことができ、本だけは写真を撮っていいとのこと。ご厚意に感謝して、パチリ。

これはズナメニ音符記号で書かれた楽譜。クリュク(鉤、Крюк/Kryuk)と呼ばれる記号で音の長さや高さを表記しています。ガイド氏曰く、100種類ほどあるとのこと。


この写本の表紙は木の板に革張りで、細かな模様が入っています。向かって左側が裏表紙ですが、鋲を打ってあり、表紙が直に接地しないよう工夫されています。


その下にパッチワークの、薄っぺらな座布団のようなものが掛けてありますが、これは祈りを捧げるときに使います。実演してもらったのですが、土足の床の上にこれを敷き、膝を床につき、この座布団の上に両手と額をつけ、再び立ち上がります。かなりの全身運動です。高齢者など、この一連の動作をできない人もいるので、その場合はテーブルや高さのある台にこれを置いて、そこに頭をつけてお祈りをしてもいいとのこと。


三か所目はルィジェヴォ村(с. Рыжево/Ryzhevo)のヴヴェデンスカヤ(生神女進堂)教会(Введенская  церковь/Vvedeniya Presvyatoy Bogoroditsy vo Khram Church)。奥に見えるのは司祭の居住用の建物。


同じ敷地内に、日曜学校(右)と洗礼盤のある建物(左)も。

 この教会は司祭自ら僕たち客を迎えてくれました。この教会はロシア文化省の支援を得ているとのこと。しかし連邦レベルだと修繕するにもとにかく時間がかかるとか。

 


ところで、この教会ではワインを作っていて、教会の裏に醸造所がありました。快く見せてくださいました。この教会では5種類のワインを作っているそうです。

原料となるブドウはクラスノダール地方から取り寄せているとのこと。


なかなか本格的な設備がそろっています。


これは1月にボトリングした白ワイン。


ロシア正教の儀式で使う赤ワイン、カゴール。

これだけ全員試飲させてもらいました。これは3年醸造したもので、色が深く、ガツンと甘いです。よく見ると、アルコール度数は16度なんですね。胃袋に沁みました。1本1000R也。

なお、この教会、経営がずいぶんすごいと思っていたら、なんとこの司祭は調理とマネジメントの二つの学位を取得し、しかも一つはアメリカでとったのだとか。そしてアメリカで稼いだお金をここの発展に使ったのだそうです。「ロシアじゃそんなに稼げないのでね」との弁。


現在作っているワインとパンに続いて、次はチーズに挑戦しようとしているそうです。ですが牛乳の調達が問題らしく、「水で薄めた牛乳を持ってくるんだよ。検査機で調べたら、水ばっかりだ」。さらには、新たに17ヘクタールの土地を買ったので、これから農地にするそうです。宗教家というより起業家のよう。その経営能力や発想、見習いたいものです。

 

思えば、19世紀のモスクワの大物実業家には古儀式派信者が多いです。エルミタージュ美術館やプーシキン美術館の19~20世紀コレクションの元を作ったシューキンやモロゾフ、ゴーリキーの家博物館となっているアール・ヌーヴォー建築を注文したリャブシンスキーなどなど。酒を飲まないとか、騙さないとか、いい加減な仕事をせず労働に励むといった教義上のルールが、高品質で人から信頼されるよい仕事をするのに相当にマッチしたのでしょう。

 


さて、四か所目は、エゴリエフスクのゲオルギー教会(храм Георгия Победоносца/ Temple of St. George the Victorious)。ここは外観のみしか見られず。

最後に、エゴリエフスク郷土博物館収蔵の古儀式派の写本。


こちらの楽譜は自動再生付きで、聖歌隊の歌声で聞くことができます。


ほかの教会も回ったため、モスクワに着いた頃にはすっかり夜になっていました。

 

2024年11月19日火曜日

洞窟修道院 ジヴノゴリエとコストマロヴォ 実践編2

移動すること2時間半。

田舎道が続きます。

ジヴノゴリエの駐車場に到着しました。ここから少し下ると小ジヴノゴリエ、ウスペンスキー修道院に行きつきます。下り道にはこのような石碑があり、ピョートル大帝が生前に3度ここを訪問したとのこと。


駐車場から遊歩道を下っていくと、修道院が見えてきます。

教会や鐘撞堂の左の低い建物に売店があり、皆さんそこでろうそくを購入しました。

右側の丘の上にも教会があります。外観からして岩をくりぬいて作られています。

ここの修道院での見どころは、洞窟そのものもですが、第二次世界大戦中にハンガリー軍により射撃され穴の開いた、金属板に描かれた生神女マリアと幼子イエス・キリストのイコンです。

 

ここのガイドは郷土史研究者という男性で、教会を見たあとで付属の小さな博物館と、続いて丘の上の洞窟修道院を案内してくれました。洞窟修道院の内部は通路が枝分かれしていたりして、やや迷路のようでした。とはいえ、途中で再び合流するのではぐれることはありません。中には天井の高い広間もあり、そこだとまるで普通の聖堂の中にいるかのようでした。内部の作りは一般的な教会の構造を踏襲しているとのこと。


たっぷり中を歩き回って外に出ると、すでに真っ暗に。

十字架の立つ丘の上から。修道院の奥に近郊列車の駅があり、列車がちょうど着いたところでした。

ここから2時間ほどかけてヴォロネジに戻りました。しかし、洞窟修道院は中を歩いてこそ面白いですね。ガイド氏曰く、ユネスコの世界遺産候補にも挙がっているとのこと。この状況なので登録されうるのか不明ですが、稀有な場所ですし、チャンスがある方はぜひ。

2024年11月16日土曜日

洞窟修道院 ジヴノゴリエとコストマロヴォ 実践編1

 とある週末、決行しました。出発はヴォロネジです。ここから3時間ほどかけて南下しました。

今回は先にコストマロヴォを訪問します。ここが入口。

敷地内の地図がありました。すべてコンパクトにまとまっていて、ガイドによる案内付きで所要時間は2時間ほどです。

最初に見えてきたこの建物は売店兼カフェです。

丘の上に白亜の教会が見えます。ここを目指します。

この修道院のボランティアの女性が案内してくれました。内部の撮影は残念ながら禁止。

この洞窟教会がいつできたかは明らかになっていないそうです。8~10世紀に迫害を逃れてきた人々により作られたとする説、17世紀以降に小ロシア人によって作られたという説などがあるとのこと。初の言及は18世紀末~19世紀初頭の文書ですが、そこには作られた時代やそこでの生活に関する確実な証拠はないのだそうです。ですが、ここが段階的に作られていったという点で研究者の意見は一致しており、最後の段階は19世紀に行われ、20世紀にはセラフィム・サロフスキー寺院が活動を始めましたが、1917年に革命で活動停止となり、1930年代に公式に閉鎖されたとのこと。


現在ここにあるスパススキー女子司教座修道院Спасский женский епархиальный монастырьが活動を開始し、洞窟教会の修復が始まったのは、ソ連崩壊後の1997年からです。


内部の様子は以下の動画で紹介されていましたので、ご参考までに。https://youtu.be/rfTTHxaZG48

白い壁の一部が緑色に変色しています。ガイド氏曰く、これはカビやコケではなく、藻の一種なのだとか。何度掃除して落としても再び生えてくるのだそう。この洞窟のある地層が白亜であることから、この場所はかつて海底だったと考えられます。入口しか採光口はないのですが、そこから光の当たる場所にだけ藻が繁殖するのだそうです。


通路の途中にこのような小部屋があります。

洞窟は隣接してほかにもあります。こういった洞窟教会の中の大きな広間には、壁に彫刻を施した装飾がいくつか見られました。一人の彫刻職人が施したもので、ここも一見の価値ありです。

ヴォロネジでは19世紀の製法で鐘が製造されています。この鐘撞台にあるものもそうです。ガイド氏曰く、現在モスクワのクレムリンで使われている鐘も数年前に交換となり、ヴォロネジで作ったものが使用されているのだとか。


このあと僕たちはジヴノゴリエに移動したのですが、途中には食事処がないのでこのコストマロヴォの修道院内で昼ご飯にしました。ブリヌイ、お茶、コーヒー、自家製クワスなどであれば購入できます。

 

続きます!

2024年11月14日木曜日

洞窟修道院 ジヴノゴリエとコストマロヴォ(計画編)

ヴォロネジ州に、白亜の岩の中に掘られた洞窟修道院があります。ジヴノゴリエДивногорье/ Divnogor'eやコストマロヴォКостомарово/Kostomarovです。



位置関係はこうなっています。


ヴォロネジからジヴノゴリエは列車でアクセス可能です。ジヴノゴリエ男子修道院の公式ウェブサイトを参照しました。https://divnogor.ru/visit/#map


春夏は土日に鉄道駅ヴォロネジ-1 Воронеж-1/Voronezh-1から近郊列車が出ています。大ジヴノゴリエと小ジヴノゴリエの二つがあり、大は博物館のある保護区域、小には聖ウスペンスキー修道院があります。大の最寄り駅は「143 キロメートル 143 км/143km」、修道院はその一つ手前の「ジヴノゴルスカヤ Дивногорская/Divnogorskaya」です。

往路はヴォロネジ-1発9:19、ジヴノゴルスカヤ駅着11:33、143km駅着11:38。

復路は143km駅を15:54に出発します(最新の運行状況はロシア鉄道ウェブサイトで確認を)。

 

ジヴノゴルスカヤ駅は聖ウスペンスキー修道院のすぐ裏手にあるのでアクセス良好。大小ジヴノゴリエ両方へ行く場合は、この間の3キロを歩くことになります。

 

それ以外の季節はリスキЛиски/Liskiで近郊列車を乗り換え、「リスキーアレクセーエフカЛиски—Алексеевка/Liski—Alekseevka」線または「リスキーオストロゴシスクЛиски—Острогожск/Liski—Ostrogozhsk」線でアクセスできます。

 

調べてみたところ、今の時期だと乗り継ぎ便を利用するしかなく、片道2~3時間50分ほどかかります。これだと1日がかりの行程に。



コストマロヴォへははるかに行きにくいです。公共交通機関だとこの通り。

ヤンデックスによると、移動だけで1日以上かかると出るのです。もしかすると現地に行けばより良いルートやバスが出ているかもしれません。

 

要領よく回りたい場合は、ジヴノゴリエとコストマロヴォを1日でめぐるヴォロネジ発ツアーに参加するのがいいでしょう。春~秋のシーズン中は週末ごとに催行されているようです。所要時間は12時間。折を見て行ってくることにしました。


大使館よりテロ情報届く。

大使館よりテロ情報届く。  ●10月31日、ロシア連邦保安庁(FSB)は、 パートナー間のルートを通じて米国側から、「 モスクワにおけるテロ攻撃の準備に関する情報を受け取った。 現在、適切な措置が講じられている」と公表しました。また、 同日、在モスクワ米国大使館は、 モスクワ市内...