橋を渡ってクレムリンに入ります。
橋を渡ってクレムリンに入ります。
古儀式派教会はモスクワにも、プレオブラジェンスキー修道院(Преображенский монастырь/Preobrazhensky Old Believers Monastery)やロゴシスコエ(ロゴシ)古儀式派共同体(Рогожская Старообрядческая Община/ Rogozhsky Old-Believers Settlement、といった有名どころがありますが、部外者は歓迎されていない感じがすることがあるのですよねえ。ましてや、エゴリエフスクなら街歩きを兼ねて教会の外観を見るくらいならできるかもしれませんが、途中の小さな村は、そもそもアクセスが難しそうです。
こんなときは、グループツアーに入り込むのが得策。ということで某日、行ってきました。
ここの教会は内部の撮影が禁止されていました。そのため外観のみ掲載します。
入る前に、厳重注意がありました。「絶対に3本指で十字を切らないように」とのこと。17世紀にニコン総主教が改革を実施したとき、儀式のやり方をギリシャ式に変更しているのですが(奉神礼改革)、その一つが、それまで2本指で十字を切っていたのを、3本指で切るようにしたことです。「彼らはこれに命を懸けたので、それだけは絶対にしないように。私たちはあくまで客としてお邪魔させていただくのです」とガイド氏。迷惑行動にならないよう、気を付けて入ります。
これはズナメニ音符記号で書かれた楽譜。クリュク(鉤、Крюк/Kryuk)と呼ばれる記号で音の長さや高さを表記しています。ガイド氏曰く、100種類ほどあるとのこと。
この教会は司祭自ら僕たち客を迎えてくれました。この教会はロシア文化省の支援を得ているとのこと。しかし連邦レベルだと修繕するにもとにかく時間がかかるとか。
ところで、この教会ではワインを作っていて、教会の裏に醸造所がありました。快く見せてくださいました。この教会では5種類のワインを作っているそうです。
なお、この教会、経営がずいぶんすごいと思っていたら、なんとこの司祭は調理とマネジメントの二つの学位を取得し、しかも一つはアメリカでとったのだとか。そしてアメリカで稼いだお金をここの発展に使ったのだそうです。「ロシアじゃそんなに稼げないのでね」との弁。
現在作っているワインとパンに続いて、次はチーズに挑戦しようとしているそうです。ですが牛乳の調達が問題らしく、「水で薄めた牛乳を持ってくるんだよ。検査機で調べたら、水ばっかりだ」。さらには、新たに17ヘクタールの土地を買ったので、これから農地にするそうです。宗教家というより起業家のよう。その経営能力や発想、見習いたいものです。
思えば、19世紀のモスクワの大物実業家には古儀式派信者が多いです。エルミタージュ美術館やプーシキン美術館の19~20世紀コレクションの元を作ったシューキンやモロゾフ、ゴーリキーの家博物館となっているアール・ヌーヴォー建築を注文したリャブシンスキーなどなど。酒を飲まないとか、騙さないとか、いい加減な仕事をせず労働に励むといった教義上のルールが、高品質で人から信頼されるよい仕事をするのに相当にマッチしたのでしょう。
移動すること2時間半。
ジヴノゴリエの駐車場に到着しました。ここから少し下ると小ジヴノゴリエ、ウスペンスキー修道院に行きつきます。下り道にはこのような石碑があり、ピョートル大帝が生前に3度ここを訪問したとのこと。
ここの修道院での見どころは、洞窟そのものもですが、第二次世界大戦中にハンガリー軍により射撃され穴の開いた、金属板に描かれた生神女マリアと幼子イエス・キリストのイコンです。
ここのガイドは郷土史研究者という男性で、教会を見たあとで付属の小さな博物館と、続いて丘の上の洞窟修道院を案内してくれました。洞窟修道院の内部は通路が枝分かれしていたりして、やや迷路のようでした。とはいえ、途中で再び合流するのではぐれることはありません。中には天井の高い広間もあり、そこだとまるで普通の聖堂の中にいるかのようでした。内部の作りは一般的な教会の構造を踏襲しているとのこと。
ここから2時間ほどかけてヴォロネジに戻りました。しかし、洞窟修道院は中を歩いてこそ面白いですね。ガイド氏曰く、ユネスコの世界遺産候補にも挙がっているとのこと。この状況なので登録されうるのか不明ですが、稀有な場所ですし、チャンスがある方はぜひ。
とある週末、決行しました。出発はヴォロネジです。ここから3時間ほどかけて南下しました。
この洞窟教会がいつできたかは明らかになっていないそうです。8~10世紀に迫害を逃れてきた人々により作られたとする説、17世紀以降に小ロシア人によって作られたという説などがあるとのこと。初の言及は18世紀末~19世紀初頭の文書ですが、そこには作られた時代やそこでの生活に関する確実な証拠はないのだそうです。ですが、ここが段階的に作られていったという点で研究者の意見は一致しており、最後の段階は19世紀に行われ、20世紀にはセラフィム・サロフスキー寺院が活動を始めましたが、1917年に革命で活動停止となり、1930年代に公式に閉鎖されたとのこと。
現在ここにあるスパススキー女子司教座修道院Спасский женский епархиальный монастырьが活動を開始し、洞窟教会の修復が始まったのは、ソ連崩壊後の1997年からです。
白い壁の一部が緑色に変色しています。ガイド氏曰く、これはカビやコケではなく、藻の一種なのだとか。何度掃除して落としても再び生えてくるのだそう。この洞窟のある地層が白亜であることから、この場所はかつて海底だったと考えられます。入口しか採光口はないのですが、そこから光の当たる場所にだけ藻が繁殖するのだそうです。
ヴォロネジでは19世紀の製法で鐘が製造されています。この鐘撞台にあるものもそうです。ガイド氏曰く、現在モスクワのクレムリンで使われている鐘も数年前に交換となり、ヴォロネジで作ったものが使用されているのだとか。
このあと僕たちはジヴノゴリエに移動したのですが、途中には食事処がないのでこのコストマロヴォの修道院内で昼ご飯にしました。ブリヌイ、お茶、コーヒー、自家製クワスなどであれば購入できます。
続きます!
ヴォロネジ州に、白亜の岩の中に掘られた洞窟修道院があります。ジヴノゴリエДивногорье/ Divnogor'eやコストマロヴォКостомарово/Kostomarovです。
春夏は土日に鉄道駅ヴォロネジ-1 Воронеж-1/Voronezh-1から近郊列車が出ています。大ジヴノゴリエと小ジヴノゴリエの二つがあり、大は博物館のある保護区域、小には聖ウスペンスキー修道院があります。大の最寄り駅は「143 キロメートル 143 км/143km」、修道院はその一つ手前の「ジヴノゴルスカヤ Дивногорская/Divnogorskaya」です。
往路はヴォロネジ-1発9:19、ジヴノゴルスカヤ駅着11:33、143km駅着11:38。
復路は143km駅を15:54に出発します(最新の運行状況はロシア鉄道ウェブサイトで確認を)。
ジヴノゴルスカヤ駅は聖ウスペンスキー修道院のすぐ裏手にあるのでアクセス良好。大小ジヴノゴリエ両方へ行く場合は、この間の3キロを歩くことになります。
それ以外の季節はリスキЛиски/Liskiで近郊列車を乗り換え、「リスキーアレクセーエフカЛиски—Алексеевка/Liski—Alekseevka」線または「リスキーオストロゴシスクЛиски—Острогожск/Liski—Ostrogozhsk」線でアクセスできます。
調べてみたところ、今の時期だと乗り継ぎ便を利用するしかなく、片道2~3時間50分ほどかかります。これだと1日がかりの行程に。
ヤンデックスによると、移動だけで1日以上かかると出るのです。もしかすると現地に行けばより良いルートやバスが出ているかもしれません。
要領よく回りたい場合は、ジヴノゴリエとコストマロヴォを1日でめぐるヴォロネジ発ツアーに参加するのがいいでしょう。春~秋のシーズン中は週末ごとに催行されているようです。所要時間は12時間。折を見て行ってくることにしました。
大使館よりテロ情報届く。 ●10月31日、ロシア連邦保安庁(FSB)は、 パートナー間のルートを通じて米国側から、「 モスクワにおけるテロ攻撃の準備に関する情報を受け取った。 現在、適切な措置が講じられている」と公表しました。また、 同日、在モスクワ米国大使館は、 モスクワ市内...