2026年4月3日金曜日

常夏のベトナムから世界の寒極へ(サハ共和国への旅)

ベトナム出張中に対応していたトラブル対処の件で、ロシアに戻って早々、サハ共和国へ出張することになりました。4月からの異動を前に大仕事を押し付けられたものです。

 

サハ共和国といえば、世界最低気温の観測された地域があり、サハ共和国の首都ヤクーツクでも-50℃くらいまでは下がります。それはそれで興味ありますが、しかし時はすでに3月で、極寒の時期は過ぎており、ほっとしたのも正直なところ。ベトナムでの最高気温は+25℃、ヤクーツクは最低気温が-24℃。気温差は約50℃です。おじいさんのこうやくんにはもう十分。ついていけるのか。

 

モスクワはこの冬-20℃以下の冷え込みが長く続いたので、ベトナム出張前に使っていた防寒具をそのまま流用します。連日の-20℃以下は近年のモスクワではあまりなかったので、ああこういう寒さだったなと思い出したところ。これもヤクーツクに行くための準備だったと思うことにします。

 

モスクワからは67時間のフライトで到着。アエロフロートの機内食で、ヤクーチヤのレピョーシカが出ました。見た目はアエロフロートの機内でいつも出る白パンとほぼ同じです。味は白パンほどぼそぼそしていません。

 

 

ヤクーツク空港に定刻着。ここでは海外旅行用ロシア対応eSIMはエリアが変わったため、接続用リンクが送られてきて、承認するとすぐにつながりました。ロシアの電話番号を使っているスマホは何もせずスムーズに接続できます。そして、WhatsAppやテレグラムといった最近モスクワでブロックされているアプリが簡単につながります。

 

空港内は明るくクリーンでした。スーツケースを受け取って待合フロアに出ると、その先外に出る直前にタクシーデスクがあります。

 

都市間タクシー。

 

配車業者の連絡先と行先、料金一覧。

なかなかに遠い都市が羅列してありますね。タクシーでブラゴヴェシェンスクに行く人がいるということでしょうか。一番下のウスチ=ネラはヤクーツクから1000㎞以上離れているのですが、ドライバーはどうやって帰ってくるんだろう。

 

ターミナル内はコートを着たままだと暑いくらいですが、外は氷点下の世界。装備を完了して外に向かいます。

2026年3月31日火曜日

異動でいろいろと更新できず

  こうや君はいわゆる出世をすることになりました。相当に忙しくなり、更新頻度は確実に減りますが、まあたまには見てやってください。若い人たちには早く成長してもらい、仕事を託してのんびりと旅がしたいですねえ。

 ちなみに、たまには遠くに行きますので、記事化してアップする予定です。

2026年3月15日日曜日

日本ビザセンター営業中

すでに報道されていますが、日本を訪問するロシア人観光客が年々増加していることから、在ロシア日本大使館は212日にモスクワにビザセンターをオープンしました。近くを通る機会があったので立ち寄ってみることに。


中には警備員がいて、金属探知機をくぐって受付へ通れるようになっています。コンサルタントがさっとやってきて「どのようなご用件ですか?」とフォローが入ります。


事前予約制で、指定日時に同センターを訪問して書類を提出します。そのため予約者しかいないはずですが、相当の人数です。しかし、日本大使館領事部で受け付けていたときは座席が非常に少なく、ほとんどの人が何時間も立ちっぱなしで待っていたので、それと比べたら暖かい場所に座って待てるので相当に楽になったのではないでしょうか。

 

僕のロシア人の知人もここでビザ申請をしてみたとのこと。予約が取れるまで1か月ほど待たなければいけないそうなので、時間に余裕を持つ必要がありそうです。

 

欧米からの制裁により、ロシアから直接出国できる先がそもそも中東、中国、中央アジアなどに限定されているのですが、昨今の中東情勢急変でさらに利用できるフライトが狭まっているはずです。在留邦人の間でも、出国ルートをどうするか、春夏の一時帰国のフライトをどこ経由にするか、いったいいくらかかるのかはちょっとした話題になっているのですが、このロシア人旅行客の皆さんはどうするんだろう。

2026年3月12日木曜日

国際女性デー2026

これもベトナム行きの前のものですが、38日の国際女性デーを前に、花屋にチューリップが大量に入荷されていました。

隣にはミモザ。

道行くマダムが「いい香りね!」と。

当日は雪が降って冬に逆戻りしたようでしたが、花を手に歩く人たちがよく見られました。

 

余談ですが、この週末はモスクワ中心部で一時的にモバイルインターネット、さらには電話まで繋がらなくなりました。電話だけは常に使えると思っていたので、このタイミングで待ち合わせをしていた相手に何度かけても繋がらなかったときはだいぶ困惑しました。場所によりますし、地方より頻度はずっと下がるものの、通信ブロックに遭遇する頻度は増しているように思います。

2026年3月10日火曜日

あの会社のメモリアルが中心部に

モスクワはやはり寒かった。特に今日は寒いらしい。

ところで、半月ほど前、ザリャジエのあたりに行った際に、こんなものを見かけたのですが、アップし忘れていました。

 よく見ると、「民間軍事会社ワグネル」と書かれた旗が何枚かあります。あのワグネルの記念碑なのか。写真をよく見ると、乱を起こして飛行機事故でお亡くなりになったあの人もいますが、中には女性もいます。

 いつからあるのかわかりませんが、昨年はなかったような。僕が訪れたのは223日の祖国防衛者の日の後なので、もしかするとそれに関連して設置されたのかもしれません。

2026年3月8日日曜日

ベトナム・ハノイ出張三日目

 モスクワで生じているゴタゴタに時折メールで対応しながら、こちらの仕事もこなしております。モスクワでは、ある部署が負担が大きすぎると言って仕事を放棄しているとのことで、ちょっと大変なことになっております。

 それはさておき、南国のハノイでの仕事はすこぶる順調で、今日も午前中に仕事にけりを付け、A子の計画に基づき、安いGrabタクシーを使いながら観光地めぐり。

 

ホアロー収容所。清仏戦争の10年後くらいにフランスが建てた収容所で、そのままベトナム戦争後に博物館に。なかにはギロチンの現物や、ちょっとエグくて公開できないさらし首の写真、他にも死刑囚が入った個室(ベッドに足かせで固定されたまま過ごす)といった残虐極まりない施設で、仮に日本が開国せずに戦争で負けていたら、こんなことになっていたのかもと思いをはせてしまいました。その意味では和親条約を結んだ井伊直弼は偉大だった。

ギロチン現物。首が切れると前の金属のカゴに首が落ちるようです。

A子が疲れたというので途中で立ち寄った喫茶店のコーヒー。下の方が練乳か何かで甘くなっているベトナム式でした。完全に主導権を握られているのですが、普段の仕事ではそうでもないのですよ。

これもA子主導で、レイル・ストリートという一日4本程度だけが通過する商店街がありますがそこで列車に鉢合わせ。まあ、感覚的には町中を走る江ノ電に近いですが、道が狭いので、皆さんはホントにギリギリでよけているのです。

西湖の「砂州」にあるチャンコックグー(鎮国)寺の仏塔。五重塔の原型なんですかねえ。

ロシアでもあまり見かけなくなったレーニンさん。公園にて。ちなみに公園ではチェスではなく、中国式(?)の将棋や謎のカードゲームをたしなむオジさんたちがたむろ。

帰国が迫りハノイ駅へ。ここから空港へのバスがでます。バス停は写真の多くの方です。

ハノイからサイゴン行きの鉄道時刻表。二泊かかるのですねえ。

逆方向も。


86番バスの時刻表と停車場案内。しかし、実際に乗ると、最後は国内線ターミナル(T1)が先、国際線ターミナル(T2)があとでした。気をつけましょう。

あまり金で最後の食事。ああ、モスクワは寒いのだろうなあ、帰りたくなくなってきました。ゴタゴタもあるし。A子の積極性と、相変わらずの小僧の頼りなさを再発見できた出張でした。
しかし、読み返してみると、ただの観光案内ですな。

2026年3月7日土曜日

ベトナム・ハノイ出張その2

極寒のロシアに比べると暑すぎて、既に半袖で過ごしています。

今朝は支店での仕事の後、町に出ました。昔世界史で習ったベトナムの諸王朝の宮殿だったタンロン宮です。唐から独立して少しして作られたようですが、その後戦乱で破壊されたとのこと。後代のもの(フラッグタワー)が一部残っているのですが、あとは庭園ばかり。

タワーとともに残る城門。通路に鳩が住み着いていました。

こんな風だったとのこと。五稜郭にも通じる近世のヨーロッパの城郭ですね。

そのまま、ホーチミン先生に会いに行ったのですが、レーニンと異なり、中には入れず。近寄った男性が笛を吹かれて叱られていました。

A子の要望で近くにあるホーチミン先生の生家を見に。いや、これ本当に生家なのかという作りでした。書斎とベッド、会議室しかないのです。

暑いので喉が渇き、サトウキビのジュースを誘惑に勝てず。小僧君はココナツを買って、中のジュースを飲んでいました。

こちらはA子が選んだブンチャーの店。カード支払い可。と書いてあったのに、食後のレジでキャッシュしか駄目と言われてガックシ。高級店じゃないとカードが使えんなあ、この国は。という感覚。ブンチャーは、甘酸っぱいスープにつけて食べる短い米粉麺がメイン。二席くらい隣で、ウクライナ人夫婦が食事していました。ベトナムにはウクライナ人が結構いるのですかねえ。

最後は、知り合いから見ておけと言われたタンロン水上人形劇。30分後の席が空いていたので、100000ドン(600円くらい)の最安席で観覧(他に900,1200円席あり)。人形の動きが細かくて面白かった。最後に、人形師たちが出てきてフィナーレ。

とまあ、楽しい午後だったのですが、まあ何というか、こうや君は劇場近くでいわゆる「詐欺師」に引っかかりまして、9000円近くを失う羽目になりました。靴を直してやると行って引っ張られてしまったのです。自分の弱さと知恵のなさに幻滅。まだまだ修行が足りませんでした。

締めの夜食は駅の近くのブン・タン(Bun thang)食堂。よくわからず頼んだのですが、まあ、フォーと異なり米粉素麺という感じで、椎茸とパクチーが効いていました。一杯60000ドン(360円程度)。英語が通じない食堂は総じて安くていいですね。

あとはやはりA子の「指示」(歩こうとすると嫌な顔をされるので)でやたらタクシーに乗ったのですが、ほんとに安い。Grabというアプリを入れておけば楽でした。

明日もまだ仕事が残っていますが、モスクワでは面倒なことが起こっているようで、二つの部署からメール殺到。超面倒。

常夏のベトナムから世界の寒極へ(サハ共和国への旅)

ベトナム出張中に対応していたトラブル対処の件で、ロシアに戻って早々、サハ共和国へ出張することになりました。 4 月からの異動を前に大仕事を押し付けられたものです。   サハ共和国といえば、世界最低気温の観測された地域があり、サハ共和国の首都ヤクーツクでも -50 ℃くらいまでは下...