近況です。
最近は、6/7を除き、ほぼ毎日ですね。アレが。幸い自分のところではないのですが。
モスクワにいると非常事態省のSMSアラートが届きません。他地域にいると届くのですが。
仕事でロシア東欧にいます。折角なので現地情報を記しています(交通・お金事情中心)。 ※ここの情報は個人的体験・主観に基づくので、慎重に接してください。また日付にも注意!
近況です。
最近は、6/7を除き、ほぼ毎日ですね。アレが。幸い自分のところではないのですが。
モスクワにいると非常事態省のSMSアラートが届きません。他地域にいると届くのですが。
チェチェンのグロズヌィ駅が、ロシア・ムフティー協会から「ハラール」の基準を得たとのこと。ロシア鉄道の駅としては初めてらしい。
https://vz.ru/news/2026/5/15/1419337.html (労働新聞より)
しかし、話はズレますが、ムスリムの人って、「アレ」を総じてどう考えているのだろう。スラブ人の一体性を論じられても、ピンとこないし、他人事(北コーカサスは別として)かも。ただ、ヴォルガ流域のムスリム地域にもウクライナから長距離ドローンなどが襲来しているから、そうでもないのだろうか。
溜め込んでいた記事です。今年のパスハは4月12日でした。この時期、猫柳を持って歩く人が増えますね。
これは花屋にて。
これは高級クリーチ。
スーパーにも例のごとく、クリーチが並びました。
ところで、今年は隣にこんな菓子箱が。
4月12日は、ユーリー・ガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行の日。今年は偶然ですがパスハと重なりました。また、今年は初の有人飛行から65周年なので、ロシア全国でイベントが開かれていました。
元マクドナルド「フクースナ・イ・トーチカ」では、国営宇宙企業ロスコスモスとコラボしたおまけ付きコンボを発売。このフィギュアはレゴみたいですね。
元ケンタッキー「ロスチックス」は、宇宙博物館とコラボ。
これはモスクワ某所にて。
ヤクーツク市からの都市間移動ですが、この町には鉄道が通っていません。そのため長距離移動できる公共交通機関はバス、そして飛行機です。バスターミナルはレーニン広場から徒歩15分ほどの距離です。
所在地:г. Якутск, ул. Октябрьская, 24/ Yakutsk, Oktyabrskaya Street, 24
営業時間:6:30-21:30
https://avtovokzal-yakutsk.ru/
バスターミナル外観。大きな表示が屋根の上にあるので、遠目でも目立ちます。
赤十字マークの付いた手前の1階建ての建物を迂回すると、バスターミナルの入り口が見えてきます。
入口は階段の上にあります。
バスターミナル営業時間。上の看板は、表示がロシア語とヤクート語併記です。
さっそく中に入ります。
この警備員のいるところが外からの入り口なのですが、ロシアだと往々にしてよくある金属探知機がゆるくて、ただ通過するだけで済みました。かつてはどこもこうだったなあ、ポケットの中身を出すのも地味に面倒なので、これくらいがいいなあと思ってしまいますね。
チケット売り場。
時刻表の電光掲示板。近く出発する便しか表示されていなくて残念。
サハ共和国内の地図。ところで、よくわからないのですが、この各地区への定期バスはあるのだろうか。同バスターミナルのウェブサイトでは、例えばヤクーツク発だとモフロソロフМохсоголлох/Mokhsogollokh、ベルディゲスチャフБердигестях/ Berdigestyakh、ハティルィクХатырык/ Khatyryk、テフテュルТехтюр/Tekhtyur行きしか出てこないのですが、ほかはどう接続しているのだろう。都市間タクシーはあるので、チャーターするか、これに乗り合わせるのでしょうか。
ところで切符売り場にはこの大量の張り紙です。
「ニジニ・ベスチャフ鉄道駅への移動は第204小地区のナムィフНамыв/Namykh駅からです」(上の写真右下)。ヤクーツクには鉄道がないので、ニジニ・ベスチャフНижний Бестях/ Nizhny Bestyakhが最寄りの鉄道駅となります。ここから乗車するとブラゴヴェシェンスクБлаговещенск/ Blagoveschenskに出られます。レナ川を渡る接続は、事前のネット調べではよくわからなかったのですよねえ。これで納得。
ほかにも、ここに居合わせた地元住民の乗客氏がこんなことを言っていました。前日このバスターミナルを訪れてレナ川の石柱への行き方を切符売り場で尋ねたところ、「ちょうど明日、日帰りツアーがありますよ。3500Rです」と言われたとのこと。目立つように貼ってある4200Rのものとはまた別です。地元の人すらこうなので、よそ者には難易度高し。
ちなみにレナ川の石柱ツアーは数多くの旅行会社が催行していますが、ネット情報や実際に問い合わせて確認できたところでは、冬季だと個人ツアーで2万~3万5000Rでした。グループツアーだと1人当たり3500Rが底値で、最高で1万5000R。そのため張り紙にある4200Rでも十分安いです。バスの出る曜日や時間が異なるので、シーズンごとに要確認。土日だとやっている会社が多いので、確実に狙うならここです。夏は船を使用することになり、1泊2日のクルーズになるので、3万5000~4万5000Rほどかかるんだとか(現地スタッフ談)。
ターミナル内には食品小売店、カフェ、土産屋のほか、薬局や、さらには宝飾店までがあります。
下段にある杯は、北方先住民族が使うチョローン(ヤクート語Чороон/ロシア語Чорон)。また写真外ですが、隣の薬局に並んでいた薬の値段はモスクワの1.5倍ほどでした。
写真右奥のドアからプラットフォームに抜けます。
警備員もいませんし、スムーズにプラットフォームに出られました。
随時、バスがプラットフォームに入るたびに構内アナウンスが入ります。寒いので、アナウンスが入ってからプラットフォームに出るのが吉かと。
かつて-50℃を体験するためにヤクーツクを訪問したつわものの同僚が、目を輝かせて、「市場では、魚が立てて置いてあるんだよ!」と語っていました。普通の魚屋やスーパーの魚コーナーでは寝かせて置いていますが、この地ではカチコチに凍っているので、縦に直立させて売っているのだというのです。
クレスチヤンスキー市場(Крестьянский рынок/Krestyansky Market)
所在地:Ул. Лермонтова, 62. корп. 2/Lermontova Street, 62к2
レーニン広場から徒歩約20分。停留所「レーニン広場」から19番バスで約10分。
百聞は一見に如かず。というわけで、行ってきました。
現地スタッフ曰く、2月頃の極寒の時期を過ぎると屋外コーナーでの販売はしなくなるとのこと。確かに閑散としています。
広くないので、すぐ一周できます。あったぜ、立てて置いてある魚!
ほんの少しですが、3月はせいぜい-20℃までしか冷え込まず、日中は氷点下一桁台なので、これだけでもあってラッキーだったと思うことにします。極寒の時期だと各種の魚、肉、ジビエ、毛皮などが大量に並んでいて壮観なようです。
屋内市場へも入ってみます。
建物は2階建て。
1階はサハ共和国のお土産を中心に、主に生鮮食品以外を扱っています。
この白や茶色のふさふさしたものは馬の尾の毛です。
これほど大仰なものではありませんが、今でも馬の毛で作った製品は地元の人々の日常生活内にあるようです。最もよく見かけたのは、馬の毛と邪悪な精霊から身を守る記号のついたお守りで、自動車のフロントガラスに吊るされています。ほかの地域だと小さなイコンだったりしますが、ここでは馬の毛の交通お守りです。
北方先住民族は橇で移動するときに目を風や雪から守るため、ゴーグルを着用していました。これは現代のお土産用。カラフルです。
この風車のような形の道具は泡だて器だそうです。これでミルクを混ぜるのは骨が折れそうだなあ。
続いて2階へ。ここは魚や肉屋が並んでいます。
魚コーナー。
ロシア語で「チールЧир」という、大きな淡水魚が多かった。ブロードホワイトフィッシュBroad whitefishという、サケマス科の魚だそうです。ほかも基本的に淡水魚ばかりですね。ここには赤いイクラもありました。これはマガダン産。
肉コーナー。「トナカイ肉、仔馬肉」。この地ではよく売っています。
ハム、サラミ、脂身のサーロなどがずらり。
現地スタッフやホテルのコンシエルジュなど、地元の人々は、肉や魚をモスクワへのお土産にするならここで真空パックのを購入するのがいいと、口をそろえて言っていました。試しにここの店員の勧めるトナカイ肉の燻製を買って食べてみましたが、ジビエ特有のクセがなく美味でした。
このような普通の食品を置いている売店もあります。
ところで、市場周辺にはうまい食事処があるもの。そこで現地スタッフやホテルのコンシエルジュに尋ねたところ、全員が「市場で食事はやめた方がいい」と断定的な口調。何かあったのか。
実際のところ、市場内に食堂やカフェは、ざっと回った限りでは見当たりませんでした。総菜くらいはあったのかもしれませんが、しかしここはアドバイスにおとなしく従うことにします。
続きます!
ヤクーツクに来た初日のこと。この町は日本と同じ時間帯で、モスクワとは6時間の時差があります。夕方のフライトでモスクワを出発すると、ヤクーツクに朝に到着しています。つまりほぼ不眠不休で仕事に突入したわけです。さすがにこの日は早めに休むことに。
簡単な食料とビールでも買おうと、支店からホテルに向かう途中、スーパーマーケットに入店したのですが、水やジュース、エナジードリンクはあるのに、アルコール飲料コーナーがありません。かつてこの地を訪問した先達も書いていましたが、本当でした。
諦めきれないこうや氏。近くに酒屋があったので、こちらに行ってみたところ、そこにはずらりと酒瓶が置いてありました。冷蔵庫にはビール、商品棚にはワイン、ウォッカなどなど。営業時間は14:00~20:00とずいぶん短いです。とりあえずビールを確保。
せっかくなので、現地で製造されている酒類があればと店員氏に尋ねてみました。すると、地元の酒造は2025年9月に閉業したので、もうほかの地域から取り寄せている酒しか販売していないとのこと。
かつては、一年中溶けない氷河、ブルース(ヤクート語 Булуус/ロシア語 Булус/Bulus)の水で作ったウォッカを作っていたはず。店員氏曰く、その工場はウォッカや薬草酒などを製造していたけれど、閉業したので、同店では年末前に売り切れてしまい在庫はもうないけれど、もしかするとどこか他所の酒屋では売れ残っているかもしれないとのこと。また同工場は一部のブランド名をベラルーシの工場に売却したので、ボトルの生産地表示を確認した方がいいと教えてくれました。
2026年3月時点では、レミクス(Ремикс/Remiks)というチェーンの酒屋でサイサルィСайсары/Saysaryを発見できました。サハ共和国製との記載あり。もう一つのウォッカ、ポドリョドカ(Подлёдка/Podledka)は、サハ共和国の工場の注文でカルーガ工場にて製造となっていました。要注意。
この写真だと、上から2段目にずらりと並んでいるのがポドリョドカ、3段目の右から3種類目、白地に緑色のラベルの瓶がサイサルィ。中心部から少し離れた店舗にあたるのがいいとのこと。
ところで、支店のスタッフに、ビール1本買うのに苦労した、販売時間が20:00までとは短すぎると話したところ、地元ヤクート人である彼らはニヤリ。聞けば、彼らは「トーチカ」と呼ばれる店に行けば、時間外でも酒を購入できるのだとのこと。さすが、抜け道があったか。でも地元の人間にしか売ってくれませんし、顔見知りでなければダメなようです。外国人のこうやくんが行っても、売ってはもらえないと言われてしまいました。
レストランなら20:00過ぎでもアルコール飲料を提供していますし、バーで生ビールをペットボトルに詰めてテイクアウトすることはできるようです。よそ者に利用可能なのは酒屋とこの辺りでしょう。
しかし、サハ共和国は金やダイヤモンド採掘といった資源が豊富で、景気が良く、給与水準も高い地域なのですが、地元酒造が操業停止になるとはどういう事情だったのか。今の国内経済状況に関わってのことなのか、どうなんだろう。
サハ共和国はほぼ全土が永久凍土地帯。首都ヤクーツクの1月の平均気温は-40℃、ときに-50℃まで冷え込みます。夏の平均気温は+24℃で、+30℃まで上昇します。そんなわけで、モスクワではまず見かけたことのない、寒冷地ならではの仕様が至る所にあります。かつてこの地を訪れた諸兄姉がすでに何度も紹介しているのでご存じの方も多いでしょうが、実際に目にすると驚きがありますね。せっかくなので、ここでもご紹介します。
●高床式の建物
住宅の熱が地表に伝わると、永久凍土地が溶けて地盤沈下するため、建物はこのような杭の上に建てられています。
ここまで杭をむき出しにしていない建物もありました。こんなにスカスカで、地震が来たらどうなるんだろうと思いますが、現地スタッフ曰く、この辺りでは地震は起きないとのこと。
●インフラパイプラインは地上に
モスクワなら上下水道やガスなどのインフラパイプラインを地下に埋め込みますが、ここはすべて地上に設置されています。巨大です。
もちろん電線も埋め込み式ではありません。
レーニン広場から徒歩10分ほどの場所なのですが、天気も相まって廃墟感があります。
●屋内待合室のあるバス停
すべてのバス停がそうなっているわけではないのですが、ヤクーツク中心部では屋外ベンチだけでなく、屋内の待合室が設けられているのをしばしば見かけました。これは北東連邦大学前。
こちらは中心部のキーロフ通りにあるバス停。
全国的によくある、普通の屋外バス停もあります。
●車の凍結防止カバー
駐車している車に、シルバーのカバーがかかっています。当地で「ナターシャ(Наташа/Natasha)」と呼ばれている凍結防止カバーです。
冬の時期はこれをかぶせるほか、凍結による故障防止のためエンジンをずっとかけっぱなしにしておきます。いったいどれだけ燃料を消費するのか、想像するだけで恐ろしや。
こちらは走行中の自動車に積まれたナターシャ。
なぜこのカバーをナターシャと言うのか現地スタッフに尋ねたところ、諸説あるものの、一説には、兄と妹が暮らしていて、妹が兄の車のためにカバーを縫い、それが広まり、彼女の名前にちなんでナターシャと呼ばれるようになったとか。ほかにもブリヤートから持ち込まれたという説もあるそうです。現地スタッフによると、自動車が同地で一般庶民に普及したのはここ20年ほどなので、ナターシャが登場したのもそれ以降とのこと。
こちらの車はバンパーに布カバーが。これも冷気が入るのを防止しているのでしょう。
続きます。
近況です。 最近は、6/7を除き、ほぼ毎日ですね。アレが。幸い自分のところではないのですが。 モスクワにいると非常事態省のSMSアラートが届きません。他地域にいると届くのですが。