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2021年6月29日火曜日

デルベントの市場に立ち寄り

 モスクワに戻りました。安心しました。
 地下鉄は、今日乗りましたが普通です。乗客は少ないですね。
 あとは飲食店が深夜営業停止になっています。

 最後にデルベントの市場を紹介しておきます。
 地元の人々の服装は、ここが一番ベール率が高かったような。店頭に並ぶ服も足元までの長いワンピースばかりです。ガイド氏曰く、イスラム教の、質素な布で作った服を着るという規則に基づいて黒色や暗色の単色が多いそうです。それ以外にも、豪奢な布でなければ良いらしく、細かい柄や明るい単色も見かけました。



 
 男性服の店も負けず劣らず多数あります。服屋と言えば、普通は大半が女性向けだと思っていましたが、ここではそんなことはありません。










 ダゲスタンに入ってから、トマトがうまかった。この写真のトマト、モスクワで買うと1キロ200Rくらいするのですが、ここでは50R4分の1で購入可能。隣の緑色の実はベニバスモモАлыча。単体だとかなり酸っぱく、コーカサス諸国で食べられるトケマリТкемалиという酸味のあるソースの原材料です。

 



 大量のヒヨコ!



 


  大量のスパイス。中東のバザールのようです。



 こちらはウルベチУрбечという、各種ナッツやシード類が原料のソース。色が違うのは原材料が異なるためです。ピスタチオ、ヒマワリ、スモモの種の中身など。麻の実Конопляというのもありました。それって、大麻ってこと?いや、大麻は葉っぱだったか。店のおばちゃんに「頭の働きを助ける」と言われたのですが、それは大丈夫なんだろうか。

 ガイドのおばちゃんにどのように使っているか聞いたところ、普段から頻繁に食べることはないものの、ラマダンのときは朝食時に食べるのだそう。原材料がナッツ類なので腹持ちするため、日中に食事できないラマダンの時期にはいいそうです。


 そうそう、結局、昨日のマハチカラでの空港行きは、ツアー会社のコンタクトパーソンの人がガイドに指示して、ちゃんと送ってもらえましたが、コンタクトパーソンとの関係が悪かったら(あるいは一人でも何とかなるだろうと放置されたら)、勝手に一人で対処しろと言われていたでしょう。ヤンデックスタクシーが使えたので、何とかなることは確認できました。


 ともあれ、数日は体力回復に努めます。

2021年6月27日日曜日

デルベント市内めぐり

 デルベント城塞はこの地域で採れる砂岩でできています。今でもこの地域の主要な建材として使用されているんだとか。



 入場料一覧。



 
 入るとすぐにこんな穴が。覗き込むと、観光客が投げ入れたらしいコインがたくさん落ちています。
 ロシア人曰く、通常は水場でやりますが、コインを投げ入れるとその場所にいつかまた来ることができるという迷信があります。そのため、これ自体は観光名所でよく見られるやつです。しかし、上の看板によると、ここは「18世紀の地下牢」。うーん、城塞にはまた来たいですが、ここの中は勘弁ですな。



 19世紀の、軍事捕虜の収容施設。いまは中に売店やちょっとしたイベントコーナーがあるようです。



 6~17世紀の水道の遺構。どの都市もそうですが、水の確保は都市建築の重要事項です。城塞を最初に築いた建築家たちも、住民に水を供給するための水道と地下貯水施設を作りました。石造りの城塞に関する最も古い記録は、ササン朝ペルシャのホスロー1世Хосров I Ануширван(531~579年)の時代。デルベントの町の大規模な水道工事が行われたのは少し下って8世紀、アラブ人の手によるものです。現在デルベントに残る過去の貯水施設は、このナルィン・カラと市内2か所の合計3か所あり。今でも発掘調査をすると中世の水道や井戸が出てくるんだとか。



 白い丸屋根のあるこの建物はハマム。



 
 天井の採光窓から月のように床に明かりが落ちます。



 ハマムの内部。



 
 城塞の壁伝いに半周します。



 

 写真だと分かりにくいですが、それなりの高さです。片側、落下に注意です。

 
 城塞を降りて旧市街へ向かいます。


 
 門をくぐるとこのような細い道が続きます。
 


 
 女性専用のバーニャ。

 

 
 結婚式前に花嫁は必ずここに来たそうです。



 ジュマ・モスク。
 
 

 
 一部工事中でしたが、内部は入ることができました。




 このあと、バザールへ向かいます。

 それにしてもようやくモスクワに戻れますね。この地は楽しいけれど、流石に疲れてきた。

2021年6月26日土曜日

デルベントへ侵攻

 ダゲスタン共和国で一番楽しみにしていたのが、デルベントです。今から5000年前には存在していたと言われ、ロシアの中で最も古い都市に挙げられています。デルベントの丘に初めて要塞が登場したのはB.C. 87世紀だそうです。その後、7世紀から10世紀にかけてデルベントはダゲスタン南部と共にイスラム化し現在に至ります。デルベントがロシアに併合されたのは1806年とのこと。


 

 南に行くとアゼルバイジャンのバクーがあります。

 


 デルベント旧市街。ナルィン・カラНарын-калаと呼ばれる城塞が見えてきました。いやあ、きてよかった。




 

 

 城塞の前にある展望台からは市内とカスピ海が一望できます。拡大すると、モスクもアルメニア正教会も見えます。




その隣には1213世紀の詩人ニザーミー・ギャンジャヴィーの銅像。


 支店に仕事を持ち込んだ後、更に「帰国」の準備もあるので、今日はここまでで。ごめんなさい。


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The place I was most looking forward to visiting in the Republic of Dagestan was Derbent. It is said to have existed 5,000 years ago, and is listed as the oldest city in Russia. The first fortress is said to have appeared on the Derbent hills in the 8th to 7th centuries BC. After that, Derbent and southern Dagestan became Islamicized between the 7th and 10th centuries, and this is how it is today. Derbent was annexed by Russia in 1806.


If you go south, you will reach Baku in Azerbaijan.


The old town of Derbent. You can see the fortress called Naryn-kala. I'm so glad I came.





From the observation deck in front of the citadel, you can see the city and the Caspian Sea in one view. If you zoom in, you can also see the mosque and the Armenian Orthodox Church.



Next to it is a statue of the 12th-13th century poet Nizami Ganjavi.

After bringing my work to the branch, I also have to prepare for my “return home”, so that's all for today. Sorry.


北朝鮮レストランが増えました 「ピョンヤン・ルィンラド」

  モスクワには以前から「コリョ Корё 」という北朝鮮レストランがあります。そして 2025 年 11 月末にはトヴェルスカヤ駅前の一等地にも 「スィンリ Сынри 」というレストランがオープンしました。この辺りは在留邦人の間でよく知られていますが、ほかにも数軒あるようです...