2021年4月22日木曜日

トゥーラとパスハ!



 小ネタを二点ほど。

 まだ、相当先に実現するだろう計画のようですが、サプサン車両でモスクワМосква/ MoscowとトゥーラТула/ Tulaを結ぶ計画があるとのこと。現在近郊電車で3時間、ラストチカで2時間かかっている両都市間の所要時間は55分程度になるらしい。

 そうなると、トゥーラはモスクワのベッドタウン化しますね。モスクワ中心部に通っても1時間半〜2時間で到着できそうですね。

(写真はヤンデクスより)

 それから、今は(極北から戻って)モスクワにいるわけですが、今年もパスハ(復活祭)Пасха/Paskhaが近づいてきたので、クリチКулич/ Kulichが店頭に並び始めました。


 しかし、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、スーパーで売っているクリチはぼそぼそしていて、味にうるさくないこうや君でも「おいしくない!」と感じる(いいと思って食べても後悔する)ほどで、
長いこと食べていなかったのです。が、2~3年前に French kiss https://frenchkiss.ru/ というおしゃれな菓子屋で買ってみたところ、ここのはとてもおいしかったのですよ。本当においしいので、この時期ロシアにいたら必ず買うようにしていて、今年も昨日ゲットしましたので、写真を添付します。


 日本大使館の近く、地下鉄プロスペクト・ミーラの路面店をはじめ、市内には多数店舗があります。
 普通のクリチは上に砂糖を溶かしたものをかけてスプレーチョコをまぶしてありますが、
この店はチョコレート屋だけあってホワイトチョコ掛けで、飾りも凝っています。中はレーズン入りです。
 スーパーのクリチに不満のある方には、ぜひ食べてみてください!


2021年4月21日水曜日

ムールマンスクへの旅3 北極圏バレンツ海のほとりテリベルカ

 ムールマンスクから130キロ離れたバレンツ海のほとりに、テリベルカという村があります。映画の撮影でも使われたことのある場所なのですが、ここの自然がとても素晴らしいと聞きました。


 
 ムールマンスクからは2日に1回定期運航のバスがあります。時刻表はこちらです。ムールマンスクからテリベルカ。月曜のみ17:40発、水、金、日は18:00発です。
 


 テリベルカ→ムールマンスク。月、火、木、土に運行しています。


 しかしこれだと現地泊が絶対必要ですし、現地の足も必要です。ここは現地旅行会社の日帰りツアーに参加することにしました。完全に個人で貸し切りだと1万2000R、グループに入ると1人5000R(冬は現地でスノーモービルに乗るため、1000Rアップして6000R)くらいが相場です。スタートは朝9:00~10:00くらいが多いです。僕の予約した会社では、ホテルにガイド兼ドライバーが来てくれましたが、中には町の中心部にある特定のホテルのロビーに集合して出発するパターンもあるようです。

この日は運よく晴れました。そのため吹雪で通行止めになることはないだろうと高をくくっていたところ……

一部区間が強風のため、前日積もった雪で吹き溜まりになって道幅が狭くなっていました。そのため先にテリベルカからムールマンスクへ行く車を通し、続いて僕たちのムールマンスク→テリベルカ行きを通すことに。しばし待機です。


  と思っていたら、後ろから来た乗用車が僕たちの前の空きスペースに進入し、駐車しました。しかも深い吹き溜まりになっていて、雪がかなり硬く重くなっている箇所にです。前輪が空回りし、前進も後退もできなくなりました。ガイド氏のスコップで雪かきしても、数人がかりで押してもびくともしなくなり、最終的にロープで牽引して脱出できました。

 どうやら、車高の高い自動車やオフロード車ならいいのですが、普通乗用車で釣りに行く地元の人たちが、十分な準備なしでこのように雪にはまってしまうことが往々にしてあるそうです。ムールマンスク市内を走るタクシーも、テリベルカまでは行けないという人がいるらしいのですが、ガイド氏もテリベルカにいる知り合いと何度もコンタクトを取り、交通状況を確認しあっていたので、慣れていないと地元民でも困難な道のようです。侮れん。


 
 予定をかなりオーバーしてテリベルカに着きました。海沿いのカフェでトイレ休憩兼食事です。大きなガラス張りの窓から海が一望できます。




  この隣にももう一軒、ガラス張りのカフェがありました。それからここにはホテルもあるそう。ただし接客態度やトイレを使わせてくれるかどうか、料理の価格など合わせて考えるとここがいいということでした。確かにインフラがまだ整っていないので、トイレがある場所は要チェックです。
 料理はペリメニやブリヌィといったスタンダードなロシア料理のほか、鹿肉や海鮮など地元の食材を使ったものも。これは鹿肉のスープで、黒パンが付きました。350R也。
 


 ここの海岸は砂浜でした。海岸に乗り上げた船。


 船の墓場。アラル海もこんな風になってますよね。


 この先は雪が深いのでスノーモービルで移動です。ドライバーの後ろに1人、その後ろの牽引する部分に最大で5人乗れます。


 最初に向かったのはこの海岸。「ドラゴンの卵」と呼ばれる、激しい波で角の取れた大きな丸い石がごろごろしています。



 岩の上に登り、崖の先端まで行けるのですが、かなりの高波です。



 しかし、北の海でもこんなにきれいなエメラルドグリーンになるのですね。この色は沖縄など、南の海特有かと思っていました。
 

 ここからもう一度スノーモービルに乗って移動します。次に向かったのは滝が海に流れ出るところです。


 背の高い木はなく、土が少なくて風が強く気温が低くても生存できる、地を這うような低木が見られました。


 ここで見学は最後。最初にスノーモービルに乗った、車を止めた場所まで戻ります。

 帰り道は行きと違って道路は空いていました。観光客もほとんどいなくなり、ちょうど定期バスの時間に合わせて除雪も完了していました。おかげで帰り道はあっという間にムールマンスクに到着。いい日帰りの旅になりました。


2021年4月19日月曜日

とうとうムールマンスクへ出発(モスクワから飛行機、マルシルートカで移動編)

 とうとう決行しました。ロシア国内での移動は特段問題はないので、オーロラを見に北を目指します。
 出発日。モスクワМосква〜ムールマンスクМурманскのフライトは各種航空会社が運行しているので、時間、値段ともバリエーションがありました。僕は、預け荷物はないものの、防寒具がかさばるため、機内持ち込みのサイズと重量が確実にオーバーせず、かつチケット料金も安かったS7航空を利用しました。

 久しぶりのドモジェドヴォ空港Аэропорт Домодедво。ワクチン接種場所があるとの案内を発見。空港で打つ人がいるのか。



 2時間半ほどでムールマンスク空港に到着。駐機場からターミナルへはタラップを降りて徒歩で移動。


 着陸ホールはとても狭く、預け荷物をピックアップするターンテーブルは一つのみ。トイレはありますが列ができていました。警備員が何人も目を光らせていたので、そそくさと退出です。

 外に出ると正面は広い駐車場で、左隣の出発ターミナル前にバス停がありました。


 106番のマルシルートカが空港と鉄道駅を結んでいます。鉄道駅までで94Rでした。乗車時に運転手に払います。



 鉄道駅のある市の中心部までおよそ1時間で着きました。すぐにホテルで荷物を降ろし、夜のオーロラツアーの連絡を待ちます。が、この日は低気圧の波が来ていて晴れ間が見えないということで、オーロラハンティングはなくなりました。明日は晴れてほしい……

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We finally set off. There were no particular problems with traveling within Russia, so we headed north to see the Northern Lights.
Departure day. There were various airlines operating flights from Moscow to Murmansk, so there were variations in both time and price. I didn't have any checked baggage, but because my winter clothes were bulky, I used S7 Airlines, which had a low ticket price and didn't exceed the size and weight limits for carry-on luggage.

It had been a while since I'd been to Domodedovo Airport Аэропорт Домодедво. I found a sign saying there was a place to get vaccinated. Do people get vaccinated at the airport?



We arrived at Murmansk Airport after about 2 and a half hours. From the parking lot to the terminal, we had to walk down a ramp.


The landing hall was very small, and there was only one baggage carousel. There were toilets, but there was a queue. There were several security guards keeping a watchful eye, so we left quickly.

When I went outside, there was a large car park in front of me, and there was a bus stop in front of the departure terminal on the left.


The marshrutka No. 106 connects the airport and the train station. The fare to the train station was 94R. You pay the driver when you get on.



It took about an hour to get to the city center where the train station is located. I immediately dropped off my luggage at the hotel and waited for the nighttime aurora tour to be contacted. However, on this day, a wave of low pressure was coming and there was no sign of a clear sky, so the aurora hunting was canceled. I hope it will be sunny tomorrow...


2021年4月18日日曜日

サッヴィノ・ストロジェフスキー修道院訪問記(モスクワからバスで)2

  サッヴィノ・ストロジェフスキー修道院Саввино-Строжевский монастырь/ Savvino-Strozhevskii monastyr 訪問記(昨年12月)の後編です。

 修道院の門をくぐると左手にチケット売り場の表示が。ここは敷地内を散策したり教会の中を見学したりするのは無料ですが、博物館コーナーの部分だけは有料。有料施設は4か所あり、共通券が280R。バラ売りもありました。なお有料コーナーは3か所が修道院内、もう1か所は敷地のすぐ外にあります。


 ここで解説。サッヴィノ・ストロジェフスキー男子修道院は1398年に設立されました。その後1919年に一度廃院となりますが、1995年に再建されて今に至ります。
 こちらはロジェストヴェンスキー聖堂Рождественский собор / Rozhestvenskii sobor。1405年に建てられましたが、動乱(スムータ)時代に破壊され、17世紀半ばに再建されたものです。


 17世紀初頭、ポーランド・リトアニア干渉で修道院とその周囲の村は破壊されました。ここには偽ドミトリー1世と2世、ポーランドのウラディスワフ王(3世かな)の兵士たちが埋葬されたそうです。


 この赤い建物(食堂 Трапезная палата、1650年代)内に3つ展示室があります。この地域の発掘品、イコン、教会の遺物などが展示されています。内部は撮影可能でした。


 発掘作業の様子。モスクワ川流域の集落の遺構が発見されました。


 本当はここからズヴェニゴロドЗвенигород / Zvenigorod市内を見学してからモスクワに帰りたかったのですが、この日は時間切れ。残念ですが、そういうわけで、バス停に戻ります。下車した道の対岸のバス停に同じバスが停まります。


 復路のバス停の時刻表はこちら。往路と更新日が違うのですが、僕が乗車したときはこの時刻表通りにバスが来ました。


 ズヴェニゴロド市内にも面白そうな博物館や教会があるので、次回はぜひ行ってみたいものです。


2021年4月16日金曜日

サッヴィノ・ストロジェフスキー修道院訪問記(モスクワからバスで)1

 年末に書いたのに、アップするのを忘れていました。

 寒さが厳しくなり、曇りの日ばかりになって、めっきり外出が減りましたが、先日モスクワ郊外にある修道院に足をのばしたので、ご紹介します。
 モスクワの西、ズヴェニゴロドЗвенигород/Zvenigorodにあるサッヴィノ・ストロジェフスキー男子修道院Саввино-Сторожевский мужской монастырьです。HPもあります。



 聖セルゲイ・ラドネジスキーの弟子の一人であるズヴェニゴロドの奇蹟者聖サッヴァさんが、モスクワ大公国ドミトリー・ドンスコイ公の次男であるズヴェニゴロドのユーリー・ドミトリエヴィチ公の要請で1398年にモスクワ川の河岸、ストロジェ丘に建立しました。モスクワ公国の城塞としての役割を有していたとのこと。

 ズヴェニゴロドまでは近郊列車やバスがあります。この修道院は町中心部より徒歩30分ほど離れているので、町の中心部で別のバスに乗り換えてもいいのですが、モスクワ発で修道院前を経由するバスも1本あるので、これが便利です。地下鉄トゥシンスカヤТушинскаяにあるバスターミナルから、ズヴェニゴロドの中心部を経由しルザРузаまで行くバス455k番が修道院前に停まります。

 バス乗り場は近郊列車D2のプラットフォームの真横です。バスが何台も停車している広場のかなり奥の方にあります。


  455k番のバスはだいたい1時間に1本。実はいつものごとく事前にヤンデックス時刻表で調べておいたのですが、2020年12月14日からダイヤが変更になっていて、当日は待ちぼうけをくらいました。
 12月14日に更新された時刻表はこちら。上段がルザ発、下段がトゥシンスカヤ発の時間です。


 
 大まかですが、地図で見る限り修道院前のバス停はどちらの駅からも1時間ほどの中間にあるので、帰りはルザ発時間のおよそ1時間後と当たりをつけました。

 大型バスがやっと来ました。運転手の横の前方口から乗車し、現金か、あるいはクレジットカードまたは郊外用交通カード「ストレルカСтрелка」を端末にかざして支払います。修道院前までは160Rでした。

 

 1時間弱でズヴェニゴロドの町に着きます。ここにも教会群があるので行ってみたかったのですが、この日は時間の都合で行けず。まっすぐ修道院に向かいます。



 右手正面に大きな看板が見えてきました。ここで下車。軍隊用のサナトリウムも近くにあります。
 

 曲がり角の対岸にも看板が出ています。

 
 上の看板の右手に修道院が見えます。入り口は道を右折して道路を上っていった先にあります。


 

 門はここ。

 
 隣に全体図あり。

 
(続く)



2021年4月15日木曜日

またベラルーシとの鉄道話で恐縮ですが

  やはりロシアではベラルーシとの関係は大事なのですよね。ニュース記事の他、ベラルーシとの国境再開通でもう既に列車に乗ってきた人が記事を書いていたりして(2日でレビュー記事)、ロシアにもそういうファンがいると実感。実態は閉鎖前と基本的にはかわらず、ただ、客車列車内にLEDの案内が新たに設置されていたり、国境では税関職員が乗ってきてパスポートコントロールが行われた(ただし職員は終始無言)とか、そういった情報が出ています。

(写真はイズヴェスチヤより拝借)


 先に書いたラストチカの他、モスクワ・ブレスト、ペテルブルク・ブレスト間でも列車の運行が再開され、ホント、これでようやく列車で外に出られる未来が見えてきました(日本人の乗車はまだダメですが)。

 しかし他方で、ツイッターのスピード制限(激ノロ。ページを開くまで30秒。VPN経由でも同じですね。)だったり、アメリカの新たな制裁の発表だったり(全てN氏関連)で、相変わらず興味深いのがロシア政治、ロシア社会。

2021年4月14日水曜日

フェドスキノ訪問記2(工房内部見学。レアもの)

 フェドスキノФедоскино/Fedoskino訪問の続き。時間になると、ガイド氏がやってきて見学開始です。

 小箱づくりの最初の工程は箱部分を作ることですね。パルプのシートを木型に何層にも巻き付けて、澱粉糊で貼り付けます。巻き付ける数は作品によりますが、最大で25層。小さいサイズの箱だと10層くらい。そしてプレスにかけてしっかりくっつけ、1か月常温で乾燥させます。



 次は、乾燥済みの箱に油を染み込ませる工程です。亜麻仁油に箱を沈め、オイルを吸収させてから、80~90度の釜でさらに2週間乾燥させます。昔は安かったため大麻の油を使っていたのですが、大麻の栽培が禁止されてから亜麻仁油に切り替えられたとのこと。



 乾燥窯の中はこんな感じ。


 

 乾燥が終わると、この筒状のものを製品の箱の高さにカット。触ってみると、木のような感触でかちかち。

 
 
 電動のこぎりでこんなふうに輪切りにします。



 ここの工程では、パルプをカットするだけではありません。フェドスキノでは螺鈿のように貝殻を埋め込んで、絵の一部が光るように細工しているものがあります。その場合、絵付師がここに来て、職人にどの位置に貝を入れるか伝えて、窪みを作ってこのようにはめ込んでもらいます。



 次は、この箱の外側に黒色、内側に赤色の塗料を塗る工程ですが、体に有害な物質を使っているので見学コースには入っていませんでした。

 その後、ここから絵付けの工程です。油絵具で絵を描き、その上からニスを塗って目の細かな紙やすりをかけます。その上からさらに絵具を重ねて、陰影や奥行きを出します。何度もこれを繰り返して、美術館にあるような絵画作品のような絵を作り出します。こちらは製作途中の絵。


  絵に紙やすりをかけているところ。



 絵具とニスを繰り返し重ね塗りしている途中の作品。


  最後に、工房の歴代の職人たちの力作が展示されていました。
 フェドスキノではヨーロッパやロシアの美術館に収蔵されている有名な絵画を模倣していました。そのため独自の様式というものはなく、風景画も肖像画も静物画もあります。

 こちらは救世主キリスト聖堂。





  絵付けする際には、工房内の委員会が、絵付師のアイディアを作品化していいかどうか審査するそうです。絵の良し悪しを評価するだけでなく、その作品は採算がとれるかどうか、販売価格をいくらにするかといったことにまで裁量権があります。絵付師は、どんな絵を描きたいか、そのためにどの材料がどれくらい必要かを申告し、承認を受けなければならないとのこと。そんな事情があるのか。

 承認についてのエピソードを伺いました。あるとき一人の絵付師が委員会に黙って自分の描きたかった絵を描きました。出来上がってから委員会に見せたところ、相当に厳重注意を受けたそうです。その絵付師の描いたのは、水辺にいる裸の男女の姿だったため、委員会は「あからさますぎる」と批判しました。しかしその絵付師は「20年後には、これがスタンダードになる」と主張。しかも早々に買い手が付きました。慧眼の人に認められてよかったですね。それでも彼女は厳重注意を受け、もう二度とこのように自分のアイディアを自由に描くことはできなくなってしまったそうです。


  また、ソ連時代は作品1個につき絵付師に支払われる報酬が決まっていたそうです。絵のクオリティには第1級、第2級とあり、第1級は月に1個しか作れないほどの難しい作品。第2級は量産できるもの。しかも、腕のいい絵付師であっても給与面でいくと第2級の作品を作った方がトータルでの報酬が多かったそうです。

 フェドスキノではこの細密画製作を教える学校ができたそうで、入学者を募集しているのですが、残念ながら就職先に問題があります。ガイド氏曰く「あなたたち、買ってくれないじゃない。」職人さんたちの生活のためには売上が必要ですが、そこまでたくさん売れないそうです。例えば2020年の1年間での生産個数は2000個。コロナで観光客がいない分、売れ行きの目処もたたないでしょうが、それにしても意外と少ないです。とはいえ工房の売店にあった細密画の箱は、土産屋の量産品よりも明らかに高品質のものばかりでしたが、安くても7000R台、上は十数万ルーブルという高級品ばかりだったので、気軽に買うこともできず。余程気に入った作品でなければ、財布の紐は緩まないでしょう。芸術が生き延びるのは大変だ……

 そのため、注文製作も受けており、プーチン大統領やオバマ元大統領の肖像画を描いたこともあったそうです。一般人でも、有名な絵画の顔をプレゼントする相手の顔に変えて描いていてほしいという依頼をする人がいるようです。

 こちらはこの工房で仕事をしてきた歴代の職人たち。


  さて、隣の博物館を簡単に見学して、帰ります。こちらは外国人料金で500R。詳細な紹介は割愛しますが、フェドスキノの作品だけでなく、近くのジョストヴォの作品も展示されていました。
 フェドスキノには休憩したり軽く食事したりできる場所がなさそうだったのですが、271番は午後にしばらく途切れる時間帯があり、帰りのバスまで1時間以上待たなければなりませんでした。どうやって時間を潰そうかと考えていたら、目の前を「ロブニャЛобня Lobnia」と書いたバスが通りました。ちょうどいいので、乗ってしまいます。こちらは56Rでした。
 終点、ロブニャ駅。
 
 ちょうどМЦД/MTsDの列車が停まっていました。これに乗ってモスクワ中心部に戻ります。サヴョーロフ駅まで40分ちょっと。



 


北朝鮮レストランが増えました 「ピョンヤン・ルィンラド」

  モスクワには以前から「コリョ Корё 」という北朝鮮レストランがあります。そして 2025 年 11 月末にはトヴェルスカヤ駅前の一等地にも 「スィンリ Сынри 」というレストランがオープンしました。この辺りは在留邦人の間でよく知られていますが、ほかにも数軒あるようです...