2025年4月5日土曜日

モスクワ郊外の古儀式派教会

モスクワから南東東に2時間ほど行ったところに、エゴリエフスクЕгорьевск/Egor'evskという小さな町があります。そことモスクワとの間には、白地にコバルトブルーの陶磁器で有名なグジェリГжель/Gzhel'があります。


グジェリからエゴリエフスクまでの一帯は大きな町はなく林や沼が広がっているのですが、このあたりの集落には古儀式派教会が今も残っているとのこと。17世紀の宗教改革で迫害された人々が逃げて、ひっそりと暮らしていた定住地の一つ。この辺り一帯はグースリツィГуслицы、この辺の住民はグスリャキГуслякиと呼ばれ、古儀式派信者が多かったことからいつしかこの地域の古儀式派信者を指してグスリャキというようになったそうです。

古儀式派教会はモスクワにも、プレオブラジェンスキー修道院(Преображенский монастырь/Preobrazhensky Old Believers Monastery)やロゴシスコエ(ロゴシ)古儀式派共同体(Рогожская Старообрядческая Община/ Rogozhsky Old-Believers Settlement、といった有名どころがありますが、部外者は歓迎されていない感じがすることがあるのですよねえ。ましてや、エゴリエフスクなら街歩きを兼ねて教会の外観を見るくらいならできるかもしれませんが、途中の小さな村は、そもそもアクセスが難しそうです。

 

こんなときは、グループツアーに入り込むのが得策。ということで某日、行ってきました。


グジェリを通過。


この辺まではダーチャや一軒家エリアが散見されます。


そこを過ぎると、このような森林地帯になります。「モスクワ郊外のタイガ」とのこと。

因みに、グジェリは良質の土が採れるので陶磁器という産業がありますが、この辺まで来るともうそのような土は出ないそうです。貧しい土地でできる産業といえば手工芸。ということで、ここに逃げてきた古儀式派の人々は銅の鋳造を手掛けました。鋳造のイコンもここで作られています。また、古儀式派の書物は印刷所で刷ることができなかったため、手書きの写本が作られ続けました。教会でこのあたりも見せてもらえるとのこと、楽しみだなあ。


一か所目はウスチヤノヴォ村(с.Устьяново/Ust'yanovo)の聖ニコライ教会(Никольская церковь/Old Believer Church of Saint Nicholas the Wonderworker)。


ここの教会は内部の撮影が禁止されていました。そのため外観のみ掲載します。

 

入る前に、厳重注意がありました。「絶対に3本指で十字を切らないように」とのこと。17世紀にニコン総主教が改革を実施したとき、儀式のやり方をギリシャ式に変更しているのですが(奉神礼改革)、その一つが、それまで2本指で十字を切っていたのを、3本指で切るようにしたことです。「彼らはこれに命を懸けたので、それだけは絶対にしないように。私たちはあくまで客としてお邪魔させていただくのです」とガイド氏。迷惑行動にならないよう、気を付けて入ります。


二か所目はシュヴォエ村(пШувое/Shuvoeの三位一体教会Троицкая церковь/Trinity Church)。

ここも内部の撮影は禁止なのですが、写本の実物を見せていただくことができ、本だけは写真を撮っていいとのこと。ご厚意に感謝して、パチリ。

これはズナメニ音符記号で書かれた楽譜。クリュク(鉤、Крюк/Kryuk)と呼ばれる記号で音の長さや高さを表記しています。ガイド氏曰く、100種類ほどあるとのこと。


この写本の表紙は木の板に革張りで、細かな模様が入っています。向かって左側が裏表紙ですが、鋲を打ってあり、表紙が直に接地しないよう工夫されています。


その下にパッチワークの、薄っぺらな座布団のようなものが掛けてありますが、これは祈りを捧げるときに使います。実演してもらったのですが、土足の床の上にこれを敷き、膝を床につき、この座布団の上に両手と額をつけ、再び立ち上がります。かなりの全身運動です。高齢者など、この一連の動作をできない人もいるので、その場合はテーブルや高さのある台にこれを置いて、そこに頭をつけてお祈りをしてもいいとのこと。


三か所目はルィジェヴォ村(сРыжево/Ryzhevoのヴヴェデンスカヤ生神女進堂教会Введенская  церковь/Vvedeniya Presvyatoy Bogoroditsy vo Khram Church)。奥に見えるのは司祭の居住用の建物。


同じ敷地内に、日曜学校(右)と洗礼盤のある建物(左)も。

 この教会は司祭自ら僕たち客を迎えてくれました。この教会はロシア文化省の支援を得ているとのこと。しかし連邦レベルだと修繕するにもとにかく時間がかかるとか。

 


ところで、この教会ではワインを作っていて、教会の裏に醸造所がありました。快く見せてくださいました。この教会では5種類のワインを作っているそうです。

原料となるブドウはクラスノダール地方から取り寄せているとのこと。


なかなか本格的な設備がそろっています。


これは1月にボトリングした白ワイン。


ロシア正教の儀式で使う赤ワイン、カゴール。

これだけ全員試飲させてもらいました。これは3年醸造したもので、色が深く、ガツンと甘いです。よく見ると、アルコール度数は16度なんですね。胃袋に沁みました。11000R也。

なお、この教会、経営がずいぶんすごいと思っていたら、なんとこの司祭は調理とマネジメントの二つの学位を取得し、しかも一つはアメリカでとったのだとか。そしてアメリカで稼いだお金をここの発展に使ったのだそうです。「ロシアじゃそんなに稼げないのでね」との弁。


現在作っているワインとパンに続いて、次はチーズに挑戦しようとしているそうです。ですが牛乳の調達が問題らしく、「水で薄めた牛乳を持ってくるんだよ。検査機で調べたら、水ばっかりだ」。さらには、新たに17ヘクタールの土地を買ったので、これから農地にするそうです。宗教家というより起業家のよう。その経営能力や発想、見習いたいものです。

 

思えば、19世紀のモスクワの大物実業家には古儀式派信者が多いです。エルミタージュ美術館やプーシキン美術館の1920世紀コレクションの元を作ったシューキンやモロゾフ、ゴーリキーの家博物館となっているアール・ヌーヴォー建築を注文したリャブシンスキーなどなど。酒を飲まないとか、騙さないとか、いい加減な仕事をせず労働に励むといった教義上のルールが、高品質で人から信頼されるよい仕事をするのに相当にマッチしたのでしょう。

 


さて、四か所目は、エゴリエフスクのゲオルギー教会(храм Георгия Победоносца/ Temple of St. George the Victorious)。ここは外観のみしか見られず。

最後に、エゴリエフスク郷土博物館収蔵の古儀式派の写本。


こちらの楽譜は自動再生付きで、聖歌隊の歌声で聞くことができます。


ほかの教会も回ったため、モスクワに着いた頃にはすっかり夜になっていました。

 

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