2026年4月6日月曜日

ヤクーツク空港から市内中心部へ移動(サハ共和国その2)

身支度を整え、覚悟を決めて屋外に出ます。ヤクーツク空港の外観をパチリ。

 

ヤクーツク空港とヤクーツク市中心部の距離はおよそ7kmです。

 

公共交通機関を使用する場合、空港前から中心部のレーニン広場(Площадь Ленина/Lenin Square)までだと、所要時間の短い順にバスNo.4100102が運行しています。また空港前広場を抜けて表通りにあるバス停からはさらに541104もレーニン広場に行きます。一番まっすぐに中心部に向かう4番で、地図アプリによると乗車時間は20分程度。しかし実際にはもっとかかりました。運賃は現金または銀行カード払いで58R。ヤクーツクとネリュングリでのみ使える交通カード「スプートニク」や、サハ共和国の交通系スマホ支払いアプリАСОП(ASOPАвтоматизированная система оплаты проезда、運賃支払い自動システム)を使用すると46Rです。

 

タクシーなら、現地スタッフに聞いたところDriveeというアプリが一番いいとのこと。レーニン広場まで350Rです。ヤクーツク市内某所で「ヤンデックスGoがヤクーツクでも使えるようになりました」という広告を見かけましたが、対応するようになったのは最近のことのようです。僕もアプリで確認しましたが、Driveeよりやや高めで、同距離で430R

また現地スタッフ曰く、地図アプリはヤンデックス地図よりも2ГИС2GIS)の方がいいとのこと。シベリアのほかの地域でもそうだったなあ。2ГИСではヤンデックス地図と同様、車、公共交通機関、徒歩のルートと所要時間が調べられるほか、タクシーの業者と料金も表示されます。ヤクーツクだとDriveeの料金が表示されました。

 

空港ターミナル前のバス停。

4番バスがすぐにやってきました。これもまた地図アプリの時刻表ベースですが、10分程度のインターバルなので長時間待たずに済むようです。-50℃のときに路上で長く待っていられませんからねえ。ありがたや。

バスには前方、中央、後方の3か所ドアがあり、中央や後方から乗車して前方から下車します。支払いは降車時で、前方ドア付近の端末にカードをタッチし「支払われました Оплачено」と自動音声が鳴れば完了。または運転手に直接現金を渡します。

 

車内ではロシア語とヤクート語で停留所名のアナウンスが流れます。「レーニン広場 Площадь Ленина」と聞こえたところで下車。

ところで地図で確認したところ、この広場周辺には同名の停留所が複数あるのですね。以下の青丸がすべて「レーニン広場」停留所です。僕が下車したのは左から3つ目でした。

市内バス路線図。

 

空港からの4番バスの進行方向に向かって歩くと、左手にレーニン像が見えてきます。ハノイ以来の再開。

 

この足で支店に向かいます。仕事仕事。

2026年4月3日金曜日

常夏のベトナムから世界の寒極へ(サハ共和国への旅)

ベトナム出張中に対応していたトラブル対処の件で、ロシアに戻って早々、サハ共和国へ出張することになりました。4月からの異動を前に大仕事を押し付けられたものです。

 

サハ共和国といえば、世界最低気温の観測された地域があり、サハ共和国の首都ヤクーツクでも-50℃くらいまでは下がります。それはそれで興味ありますが、しかし時はすでに3月で、極寒の時期は過ぎており、ほっとしたのも正直なところ。ベトナムでの最高気温は+25℃、ヤクーツクは最低気温が-24℃。気温差は約50℃です。おじいさんのこうやくんにはもう十分。ついていけるのか。

 

モスクワはこの冬-20℃以下の冷え込みが長く続いたので、ベトナム出張前に使っていた防寒具をそのまま流用します。連日の-20℃以下は近年のモスクワではあまりなかったので、ああこういう寒さだったなと思い出したところ。これもヤクーツクに行くための準備だったと思うことにします。

 

モスクワからは67時間のフライトで到着。アエロフロートの機内食で、ヤクーチヤのレピョーシカが出ました。見た目はアエロフロートの機内でいつも出る白パンとほぼ同じです。味は白パンほどぼそぼそしていません。

 

 

ヤクーツク空港に定刻着。ここでは海外旅行用ロシア対応eSIMはエリアが変わったため、接続用リンクが送られてきて、承認するとすぐにつながりました。ロシアの電話番号を使っているスマホは何もせずスムーズに接続できます。そして、WhatsAppやテレグラムといった最近モスクワでブロックされているアプリが簡単につながります。

 

空港内は明るくクリーンでした。スーツケースを受け取って待合フロアに出ると、その先外に出る直前にタクシーデスクがあります。

 

都市間タクシー。

 

配車業者の連絡先と行先、料金一覧。

なかなかに遠い都市が羅列してありますね。タクシーでブラゴヴェシェンスクに行く人がいるということでしょうか。一番下のウスチ=ネラはヤクーツクから1000㎞以上離れているのですが、ドライバーはどうやって帰ってくるんだろう。

 

ターミナル内はコートを着たままだと暑いくらいですが、外は氷点下の世界。装備を完了して外に向かいます。

2026年3月31日火曜日

異動でいろいろと更新できず

  こうや君はいわゆる出世をすることになりました。相当に忙しくなり、更新頻度は確実に減りますが、まあたまには見てやってください。若い人たちには早く成長してもらい、仕事を託してのんびりと旅がしたいですねえ。

 ちなみに、たまには遠くに行きますので、記事化してアップする予定です。

2026年3月15日日曜日

日本ビザセンター営業中

すでに報道されていますが、日本を訪問するロシア人観光客が年々増加していることから、在ロシア日本大使館は212日にモスクワにビザセンターをオープンしました。近くを通る機会があったので立ち寄ってみることに。


中には警備員がいて、金属探知機をくぐって受付へ通れるようになっています。コンサルタントがさっとやってきて「どのようなご用件ですか?」とフォローが入ります。


事前予約制で、指定日時に同センターを訪問して書類を提出します。そのため予約者しかいないはずですが、相当の人数です。しかし、日本大使館領事部で受け付けていたときは座席が非常に少なく、ほとんどの人が何時間も立ちっぱなしで待っていたので、それと比べたら暖かい場所に座って待てるので相当に楽になったのではないでしょうか。

 

僕のロシア人の知人もここでビザ申請をしてみたとのこと。予約が取れるまで1か月ほど待たなければいけないそうなので、時間に余裕を持つ必要がありそうです。

 

欧米からの制裁により、ロシアから直接出国できる先がそもそも中東、中国、中央アジアなどに限定されているのですが、昨今の中東情勢急変でさらに利用できるフライトが狭まっているはずです。在留邦人の間でも、出国ルートをどうするか、春夏の一時帰国のフライトをどこ経由にするか、いったいいくらかかるのかはちょっとした話題になっているのですが、このロシア人旅行客の皆さんはどうするんだろう。

2026年3月12日木曜日

国際女性デー2026

これもベトナム行きの前のものですが、38日の国際女性デーを前に、花屋にチューリップが大量に入荷されていました。

隣にはミモザ。

道行くマダムが「いい香りね!」と。

当日は雪が降って冬に逆戻りしたようでしたが、花を手に歩く人たちがよく見られました。

 

余談ですが、この週末はモスクワ中心部で一時的にモバイルインターネット、さらには電話まで繋がらなくなりました。電話だけは常に使えると思っていたので、このタイミングで待ち合わせをしていた相手に何度かけても繋がらなかったときはだいぶ困惑しました。場所によりますし、地方より頻度はずっと下がるものの、通信ブロックに遭遇する頻度は増しているように思います。

2026年3月10日火曜日

あの会社のメモリアルが中心部に

モスクワはやはり寒かった。特に今日は寒いらしい。

ところで、半月ほど前、ザリャジエのあたりに行った際に、こんなものを見かけたのですが、アップし忘れていました。

 よく見ると、「民間軍事会社ワグネル」と書かれた旗が何枚かあります。あのワグネルの記念碑なのか。写真をよく見ると、乱を起こして飛行機事故でお亡くなりになったあの人もいますが、中には女性もいます。

 いつからあるのかわかりませんが、昨年はなかったような。僕が訪れたのは223日の祖国防衛者の日の後なので、もしかするとそれに関連して設置されたのかもしれません。

2026年3月8日日曜日

ベトナム・ハノイ出張三日目

 モスクワで生じているゴタゴタに時折メールで対応しながら、こちらの仕事もこなしております。モスクワでは、ある部署が負担が大きすぎると言って仕事を放棄しているとのことで、ちょっと大変なことになっております。

 それはさておき、南国のハノイでの仕事はすこぶる順調で、今日も午前中に仕事にけりを付け、A子の計画に基づき、安いGrabタクシーを使いながら観光地めぐり。

 

ホアロー収容所。清仏戦争の10年後くらいにフランスが建てた収容所で、そのままベトナム戦争後に博物館に。なかにはギロチンの現物や、ちょっとエグくて公開できないさらし首の写真、他にも死刑囚が入った個室(ベッドに足かせで固定されたまま過ごす)といった残虐極まりない施設で、仮に日本が開国せずに戦争で負けていたら、こんなことになっていたのかもと思いをはせてしまいました。その意味では和親条約を結んだ井伊直弼は偉大だった。

ギロチン現物。首が切れると前の金属のカゴに首が落ちるようです。

A子が疲れたというので途中で立ち寄った喫茶店のコーヒー。下の方が練乳か何かで甘くなっているベトナム式でした。完全に主導権を握られているのですが、普段の仕事ではそうでもないのですよ。

これもA子主導で、レイル・ストリートという一日4本程度だけが通過する商店街がありますがそこで列車に鉢合わせ。まあ、感覚的には町中を走る江ノ電に近いですが、道が狭いので、皆さんはホントにギリギリでよけているのです。

西湖の「砂州」にあるチャンコックグー(鎮国)寺の仏塔。五重塔の原型なんですかねえ。

ロシアでもあまり見かけなくなったレーニンさん。公園にて。ちなみに公園ではチェスではなく、中国式(?)の将棋や謎のカードゲームをたしなむオジさんたちがたむろ。

帰国が迫りハノイ駅へ。ここから空港へのバスがでます。バス停は写真の多くの方です。

ハノイからサイゴン行きの鉄道時刻表。二泊かかるのですねえ。

逆方向も。


86番バスの時刻表と停車場案内。しかし、実際に乗ると、最後は国内線ターミナル(T1)が先、国際線ターミナル(T2)があとでした。気をつけましょう。

あまり金で最後の食事。ああ、モスクワは寒いのだろうなあ、帰りたくなくなってきました。ゴタゴタもあるし。A子の積極性と、相変わらずの小僧の頼りなさを再発見できた出張でした。
しかし、読み返してみると、ただの観光案内ですな。

ヤクーツク空港から市内中心部へ移動(サハ共和国その2)

身支度を整え、覚悟を決めて屋外に出ます。ヤクーツク空港の外観をパチリ。   ヤクーツク空港とヤクーツク市中心部の距離はおよそ 7km です。   公共交通機関を使用する場合、空港前から中心部のレーニン広場( Площадь Ленина/Lenin Square )までだと、所要...